くそくらえ節/岡林信康

kusokurae_bushi.jpg以前の記事ではこの歌がCDで復刻する事はないだろうと書いていますが、なんと「大いなる遺産」というタイトルのベスト盤でCD化されています。世の中変わりました。CDなので以前より少しは良い音質になっていると思います。
………………….<2005.02.19>
岡林ファンなら誰でも知っている曲なので、珍盤とは言い難いところですが、奇盤の資格は十分でしょう。曲の中の科白でも語っているように一旦廃盤になったらしく、それを当時のインディーズであるURC(Underground Record Club)レコードから発売したようです。全部で約7分半ありますので、シングル盤としては珍しく33・1/3回転です。録音は昭和43年でこの時岡林は22歳、既にこの時点で彼の芸は完成しています。岡林の録音は殆どが復刻されておりますが、これだけはオリジナル発売の経緯もありぃので、復刻される事はないと思います。音質は今市ですが、ご了承下さい。

トホホ度 ★★★★
お笑い度 ★★★☆
意味不明度 ★★☆

二十才の頃/かまやつひろし+なかにし礼+安井かずみ

tokyo_bossa_nova_lounge.jpg晩年ムッシューかまやつの通り名で親しまれた、かまやつひろし氏がお亡くなりになりました。彼はスパイダースの頃から色々良い歌を作曲してきましたが、これは珍しく、なかにし礼と安井かずみの共作詞に彼が曲を付け、3人で歌っています。この3人のメンバーから予想されるように、決して建設的な話にはならず、全体的にテレェ~としたボサノバ風味に仕上がってます。多分歌の中でムッシュはゴロワーズを吸っていたんでしょう。

尚「ムッシュー / かまやつひろしの世界」というベスト盤にもこの曲が入っていますが、今井美樹とのデュエットでオリジナルではありません。この歌はシングルカットされていない事もあり、現時点ではこのオムニバス盤しか音源が無い模様。

ムッシュの話で覚えているのは、ロッドスチュワートが来日した時にムッシュは最前列で見ていました。舞台でロッドスチュワートがスタンドマイクをブルブル、グルグル振り回すので、カッコ良いなあ、でも力あるなあ、と感心したんですが、終演後に舞台に忍び込んでそのマイクスタンドを持ってみると異常に軽い事に気づいたそうです。ロッドスチュワートが特注したようで、これなら振り回せると自分も似たようなものを作ったという話をしてました。
(矢沢永吉のスタンドマイクの重量を図ってみたいものであります。)

You’re Beautiful / James Blunt

51Z7MFCZ1EL__SX425_.jpgのサムネイル画像ジェームス・ブラントは英国人で英国陸軍で大尉まで昇進後除隊し、音楽活動を開始した。この曲が大ヒットし、ビルボードでも第一位になった。

私がロサンジェルスに居た頃、通勤中のカーラジオで何度もかかり、月並みな言い方であるが、なぜか哀愁を伴った歌声が頭の中に残っている。この歌は悲しい片思いの歌でビデオでは自殺を暗示させているが、彼の風貌が思い詰めて自殺する役に非常に似合っている。但し、このビデオを見ていると、見ている方も寒気がしてきて、余りよろしくない。

米国のラジオ番組を聞いていると日本と曲紹介が逆で、例えば米国のDJはA,B,Cの3曲を続けて掛け終わると、只今の曲はC,その前がB,その前がAという風に説明する。日本なら、最初の曲がA,次がB,,,という風にかけた順に説明する筈です。履歴書でも日本では高校→最終学歴→職歴という風に時間順に書きますが、米国の場合は現職→職歴→最終学歴→、、という風に並べていきます。 “You’re Beautiful / James Blunt” の続きを読む

3701 West 119th Street, Howthrone, CA

beachboys-800x450-P1000781-edits.jpg当時自宅はロサンジェルス南部の海に近いパロス・バーデスにありました。自宅からロサンジェルス空港近くの会社までは、このホーソン通りか海岸線を走る歴史の古いPCH(Pacific Coast Highway)のどちらかを使っていました。ホーソン通りを南下するとレドンドビーチがあります。このビーチは大ヒット曲である Surfin’ USA に読み込まれています。彼らはこの通りを通ってここにサーフィンをしに来ていました。
105号線はロサンジェルスオリンピック開催のためダウンタウンと空港を接続するために建設されました。この碑の上には105号線が走っています。(碑の写真はダブルクリックすると拡大します)
………….<2007.05.07>

3701 West 119th Street, Howthrone, CA はビーチボーイズの生家の住所で、アルバムタイトルにもなっています。住所からして会社の近くだなとは思ってました。ところがつい最近ここに彼らの碑が建っている事を知りました。2005年5月にファンの寄付によって建てられたようです。そこで会社8帰りに立寄ってみました。場所はLAX空港から東へ延びる105号線とCrenshaw通りが交差する処にHowthrone空港がありますが、この空港と105号線の間でした。この空港から友人と飛行機に乗ってグランド・キャニオン日帰りツアーに出かけたことがありますが、その時はそばにビーチボーイズの碑があるとは全く知りませんでした。

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碑の建っている場所は将に彼らの生家の前庭で、105号線の建設の為に取り壊されたようです。彼らの家が119通りのあちら側でなく、こちら側であれば残っていた筈で、残念です。

この碑の正面には5人がサーフボードを持っている白色のレリーフが嵌め込んであります。これは彼らの3作目の大ヒットアルバム”サーファー・ガール”のジャケットをレリーフにしたものです。また周囲の煉瓦にはこの碑の建設費を寄付した人々の名前とコメント、賛辞等が掘り込んであります。その下のプレートには、この家がビーチ・ボーイズという歴史の出発点である事が簡潔に記されています。

SITE OF THE CHILDHOOD HOME OF THE BEACH BOYS

IT WAS HERE IN THE HOME OF PARENTS MURRY AND AUDREE THAT BRIAN, DENNIS, AND CARL WILSON GREW TO MANHOOD AND DEVELOPED THEIR MUSICAL SKILLS, DURING LABOR DAY WEEKEND 1961, THEY, WITH COUSIN MIKE LOVE AND PRIEND AL JARDINE, GATHERED HERE TO RECORD A TAPE OF THEIR BREAKTHOUGH SONG “SURFIN’.”

THIS MARKED THE BIRTH OF THE ROCK GROUP KNOWN WORLDWIDE AS THE BEACH BOYS, AND THE BEGINNING OF AN HISTORIC MUSICAL LEGACY THAT WOULD CHANGE THE RECORDING INDUSTRY.

THE MUSIC OF THE WILSONS, LOVE, JARDINE AND FRIEND DAVID MARKS BROADCAST TO THE WORLD AN IMAGE OF CALIFORNIA AS A PLACE OF SUN, SURF, AND ROMANCE. BRIAN WILSON WOULD BECOME A LEGENDARY PRODUCER, ARRANGER, AND SONGWRITER.

CALIFORNIA REGISTERED HISTORICAL LANDMARK NO. 1041

PLAQUE PLACED BY THE STATE DEPARTMENT OF PARKS AND RECREATION IN COOPERATION WITH THE CITY OF HOWTHORNE, MAY 2005.

【抄訳】ブライアン、デニスとキャロルは両親(マレーとオウドリー)の家で成長し、音楽の技術を磨いた。1961年の感謝祭の休日の間、3兄弟と従兄弟のマイク・ラブと友人のアル・ジャーディンがこの家に集まり、彼らの驚くべき”サーフィン”という曲(のデモテープ)を録音した。これがBeach Boysとして世界中に知られたロック・グループの誕生であった。そしてレコード業界を変革する歴史的な音楽遺産の始まりであった。彼らの音楽は世界中に放送され、カリフォルニアが太陽とサーフィンとロマンスに満ちた所であるというイメージを世界中に植えつけた。ブライアン・ウィルソンは歴史的なプロデューサー、アレンジャーそして作曲家となるでしょう。

碑文は実に簡潔に彼らの業績を称えています。特にカリフォルニアの明るい太陽、サーフィン、そしてロマンスというイメージを作ったのが彼らであるという事実が明記されています。これだけでもカリフォルニア州の住民は彼らに足を向けて寝られません。その後の活躍についてはまた機会を改めたいと思いますが、彼らのサウンドに一貫したまさしくカリフォルニアのような明るさは、フォー・フレッシュメンの影響を大きく受けています。フォー・フレッシュメンの8ビート版と言っても良いでしょう。また、彼らの音楽は徹底的に白人で、ブルース臭が無いのが特徴です。これは同時期のローリング・ストーンズやビートルズのイギリス勢と比べてみれば納得頂けると思います。この明るさ、ブルース臭の全く無い(えぐみが無い)ところが60年代の強かったアメリカに大受けしたんだと思います。

IEKI吐くまで/片岡鶴太郎

ieki_hakumade.jpg2月19日の山下達郎サンデーソングブックは通常の午後2時放送分とは別に当日午後11時から「夜のサンデー・ソングブック ~珍盤奇盤 R-18~」と称した特番でお色気系の、山下師曰く、昼間の放送に乗せられない、珍盤・奇盤が紹介されました。翌週の2月26日は午後2時から通常の珍盤・奇盤特集が放送され、2週続けて昭和の珍盤・奇盤の奥の深さに圧倒されました。
29日の放送では懐かしき鶴ちゃんのこの歌も出てきました。この歌は以前のブログにも取り上げたんですが、現時点では元記事が無くなってます。

この曲が掛かった後山下師より「惜しむらくは本当にうまい演歌歌手の人が歌ったらもっと凄みが出るのにですね。氷川きよしさんやらないですかね。これはまだCD化してないんですかね、カラオケほしいですねよ、コレね。B面がですね、床上手って曲なんですけれど、これ歌、片岡鶴太郎&乳ナヲミっていう。乳ナヲミさんって誰か秋元さんに訊いたら、秋元さんのオフィスの事務員だったつうの(笑)。機会があればB面も(笑)。なんだよ、それ(笑)。ふふ」というお言葉を頂きました。
お言葉を返すようですが、私は氷川きよしより前川清の方が適任だと思うのですが、如何でしょう?

トホホ度 ★★★
お笑い度 ★★☆
意味不明度 ★★★☆

Paris / Karen Souza

hotelsouzaj.jpgカレン・ソウサはアルゼンチン生まれの美人歌手で、このアルバム”Hotel Souza”は三作目になります。タイトル、ジャケ写も素晴らしく、ジャケット中の写真でも薄物を纏って佇む姿も何とも言えません。吉祥寺で今でも少々お喋りしにくいMEGというジャズ喫茶のオーナーでジャズ評論家の寺島靖国氏は雑誌に、自分ならこのジャケットだけで良い、中のCDがなくても良い、と訳分からん絶賛を寄稿しておりました。歌詞はスパイ映画でも見ているような妖しい感じが、彼女の少々ハスキーな声質と相まって、良い雰囲気が出ています。 “Paris / Karen Souza” の続きを読む

いろは替歌

いろは歌は、ご承知のとおり、かなのの47文字を全て使い、重複することなく作った一つの歌です。

いろはにほへと
ちりぬるを
わかよたれそ
つねならむ
うゐのおくやま
けふこえて
あさきゆめみし
ゑひもせす

漢字かな交じり文にするとこうなるでしょう。

色は匂へど
散りぬるを
我が世たれぞ
常ならむ
有為の奥山
今日越えて
浅き夢見じ
酔ひもせず

昨夜TVを見ていたらバカリズムが作った二つのいろは歌替歌を披露してました。
これは珍しいと思ったので、その替歌を記録しておきます。

【其の一】
あみたいつを はき
えひめや ならの ちへ
さまよう ろけ する
ゆゑに くそもれて
おしり ふかぬ
せんむ と ねこ
ほわゐ

【其の二】
へい ろりこんたち きけよ
ひまなら やすみを あわせ
もうふ ほして
ぬるめの おゆに つかれ
そとは さむくねえ
ゐゑ

出来が良いとか悪いとか色々ご意見はあるでしょうが、いろは替歌を二首も作ったという事は凄いです。
真似できません。

ローリング・ストーンズは来なかった / 西郷輝彦

Rolling Stones wa konakatta.jpg

今聞いてもかなりの迫力ですが、逆に言えば今でも現役のローリングストーンズが凄いと云うべきでしょう。
………………..<2004.10.02>
この西郷輝彦の歌は2,3年前に山下達郎の番組で聞きました。ローリングストーンズの来日公演が薬物疑惑で中止となり、非常に残念!という気持ちからこの曲が出来たようです。確かに山下氏が絶賛するようにすごい、てゆうか、何でこんな曲が出来たのか?摩訶不思議な感じでした。そこで、この曲を探してみましたが、見つかりません。やっとヤフオクで見つけたのがこのオムニバス盤です。オリジナルのレコードをお持ちの方は是非見せてください。歌詞はかなり凝ってますので解説が必要です。しかし、ローリングストーンズ ジョン レノン サンタナ シカゴというリフレインには脱帽と言わざるをえません。

トホホ度 ★★★★
お笑い度 ★★★☆
意味不明度 ★★★

 

真珠のジャニス → (ジャニスジョプリンがパールというLPを出した頃です。)
いとしのキャロル
ホク ホク ボブディラン → (ホクとはフォークの積もりです。)
ブギウギ ボラン → (ボランは多分Tレックスのマークボランの事だと思います。)
ローリングストーンズ ジョンレノン サンタナ シカゴ

他人に出来て 俺に出来ない筈はないさ
おまえも頑張れ
ローリングストーンズ ジョンレノン サンタナ シカゴ
今こそ 二流の俺だがいずれは売り出すさ
夢のスーパースターだ!!
ローリングストーンズ ジョンレノン サンタナ シカゴ

What are you doing the rest of your life? / Chris Botti + Sting

Chris_botti_to_love_again_album_cover.jpgこの曲のオリジナルは1969年の The Happy Endingという映画のサウンドトラックで作曲はミッシル・ルグラン、歌手はマイケル・ディーズでした。色んな人が歌ってますが、私としてはクリス・ボッティとスティングの組合せがベストな気がします。彼のTo Love Againというアルバムにスティングが客演していますがクリス・ボッティは若い頃スティングのバックで演奏していたこともあり、素晴らしい共演です。スティングとの共演ではクリス・ボッティのボストンでのライブを収録したDVDもお勧めです。また、ビル・エバンスも取り上げています。
邦題は「これからの人生」です。 “What are you doing the rest of your life? / Chris Botti + Sting” の続きを読む

スナッキーで踊ろう/海道はじめ

kaido_hajime.jpg珍盤・奇盤ファンの中で知らない人はいないという有名曲。
特にこれだけ豪華なジャケ写はもう出ないでしょう。
…………………………<2007.01.28>
遂に珍盤・奇盤も100曲目となりました。100曲目の区切りという事もあり、今回は最強の珍盤「スナッキーで踊ろう」です。まず、ジャケ写を見て下さい。歌っている海道はじめの後ろの”スナッキーガールズ”、左から小山ルミ,吉沢京子,風吹ジュンとこれだけでも最強の布陣といえます。もともとこの歌はプリマハムのスナッキーのコマーシャルソングとして企画されたらしく、商品とタイアップした歌はこれが初めてだそうです。この企画を持ち込まれた御大船村徹は自身で作曲し、民謡歌手の弟子であった海道はじめに歌わせました。なんと可愛そうに海道氏はこれがデビュー曲となった訳です。歌の中でオーとかウゴウゴとか地の底から湧いて出るような妙な音が出てますが、これはエコーとかの特殊効果では無く彼自身の声で、なんでも「ベルカント唱法」というらしいです。この妙な声にちょっと外れたスナッキーガールズのコーラス。訳分からん歌ですが、これを聞いてプリマハム買いたくなるんでしょうか?尚、この歌は90年代の終わり、NHKでも取り上げられ、DJ赤坂泰彦がリバイバルライブまでやって一時期話題になりました。 “スナッキーで踊ろう/海道はじめ” の続きを読む