I Love My Shirt / Donovan

毎週日曜日の17:55からラジオ日本(昔のラジ関)で放送中の「宮治淳一のラジオ名盤アワー」を録音し、ウォークマンで聞いている。この番組はラジ関時代に収集されたEP盤を「日本一のレコード好き男」と自称する宮治淳一氏が選曲してかける、ただ、それだけの番組であ。しかし自分の知ってる曲、知らない曲入り混じり宮治氏の興味深い解説もありで、面白い。以前このブログで紹介した”Crazy”(3月19日)もこの番組で聞いた。

先日、昼休みに辛味噌ラーメンを喰いながら聞いていたら、突如この歌が掛かった。ドノバンである。この歌は高校時代に何度も聞いた、だから覚えているのであるが、それから幾星霜、記憶の彼方に飛んでしまっていたドノバンが突如蘇ったのだ。大袈裟でなくジーンと来て、ラーメンの辛さもあり、つい涙目になってしまいました。

ドノバンはもう忘れられているかもしれませんが、デビュー当時はにボブ・ディランかドノバンかと言われ(勿論ボブ・ディランの勝利であるが)色々ヒット曲があり「サンシャイン・スーパーマン」や「メロー・イエロー」は今でも覚えている。

この歌(邦題:ぼくの好きなシャツ)は僕の好きなシャツ、ジーンズ、シューズがある。褪せても、擦り切れても、穴があいてもそれが良いんだよ、という実にホノボノ、のんびりとした歌です。こんな歌がヒット・チャートに入っていたんだから、当時は良い時代だったとシミジミ思う今日この頃です。

Do you have a shirt that you really love?
あなたは本当に好きなシャツを持ってますか?
One that you feel so groovy in ?
あなたがとってもカッコ良いと感じるやつ
You don’t even mind if it starts to fade
貴方はもしさシャツが褪せ始めても心配なんかありません
That only makes it nicer still
それだけでシャツが更に良くなります。

I love my shirt, I love my shirt
僕は僕のシャツが好き、僕は僕のシャツが好き、
My shirt is so comfortably lovely
僕のシャツはとても気持ちよくてかわいい
I love my shirt, I love my shirt
僕は僕のシャツが好き、僕は僕のシャツが好き、
My shirt is so comfortably lovely
僕のシャツはとても気持ちよくて帰ってかわいい

Do you have some jeans that you really love?
あなたは本当に好きなジーンズ持ってますか?
Ones that you feel so groovy in ?
あなたがとってもカッコ良いと感じるやつ
You don’t even mind if they start to fray
貴方はもしジーンズが擦り切れ始めても心配なんかありません
That only makes them nicer still
それだけでジーンズが更に良くなります。

I love my jeans, I love my jeans
僕は僕のジーンズが好き、僕は僕のジーンズが好き、
My jeans are so comfortably lovely
僕のジーンズはとても気持ちよくてかわいい
I love my jeans, I love my jeans
僕は僕のジーンズが好き、僕は僕のジーンズが好き、
My jeans are so comfortably lovely
僕のジーンズはとても気持ちよくてかわいい

When they are taken to the cleaners
それらが洗濯屋に持って行かれた時
I can’t wait to get them home again
僕はそれらがまた帰ってくるのを待てない
Yes, I take ‘em to the cleaners
ええ、僕はそれらを洗濯屋に持って行く
And there they wash them in a stream
そしてそこで、洗濯屋は次々にそれらを洗う
Scrub a dub dub
ゴシゴシ ジャブジャブ(注)
And there they wash them in a stream 
そして洗濯屋はそれらを次々にあらう。
Know what I mean
意味わかる?

Do you have some shoes that you really love?
あなたは本当に好きな靴を持ってますか?
Ones that you feel so flash in ?
あなたがとってもカッコ良いと感じるやつ
You don’t even mind if they start to get some holes in
貴方はもし靴に穴が空き始めても心配なんかありません
That only makes them nicer still
それだけで靴が更に良くなります

I love my shoes, I love my shoes
僕は僕の靴が好き、僕は僕の靴が好き、
My shoes are so comfortably lovely
僕の靴はとても気持ちよくてかわいい
I love my jeans, I love my jeans
僕は僕のジーンズが好き、僕は僕のジーンズが好き、
My jeans are so comfortably lovely
僕のジーンズはとても気持ちよく可愛い
I love my shirt, I love my shirt
僕は僕のシャツが好き、僕は僕のシャツが好き、
In fact, I love my wardrobe
実際、僕は自分の衣装が好き

 

(注)”Scrub a dub dub”は嫌がる子供を風呂にいれるため、母親が歌って聞かせる一種の童謡で、英語人なら誰でも知っている筈です。綴りや歌詞に色々バリエーションがあり、どれが定本かは不明です。この歌を持ち出すあたりはドノバンの優しい性格の発露でしょうか。

春がいっぱい/シャドウズ

桜も終わり、初夏を思わせるような日もあれば、朝方寒さに目が覚めるというような日もあり、将に春本番となって参いりました。昔のラジオはこの季節になると必ずDJ又はパーソナリティ氏が「朝、眠いですねぇ、春眠暁を覚えず、云々」と言ってこの曲を掛けていました。

原題は”Spring is near here.”ですが「春がいっぱい」とは良い邦題を付けたものです。シャドウズは英国のロックバンドでビートルズの少し先輩にあたり、クリフ・リチャードとの共演でも知られています。ヒット曲は色々ありますが、この曲は「日本だけで売れた洋楽」の一つです。春真っ只中、なんだか眠いような、けだるいような雰囲気が良く出ています。

Crazy / Patsy Cline

宮地淳一氏はかつて某レコード会社の社員であった。昔(30年くらい前か)カラオケをアメリカに売り込む事になり、その当時の話をラジオで語っていた。

設備は電源電圧を変えたり、操作パネルや取説を英語に翻訳するだけだが、問題はどんな歌を入れるか?そこで、米国に乗込み、放送局、レコード店、ジューク・ボックス等を調べて歩いた。その時、何人かのDJに直接聞いてみると彼らが異口同音に、絶対入れるべきと言った曲はウィリー・ネルソン作曲でカントリー&ウェスタン歌手のパッツィー・クラインが歌う「クレイジー」だったそうです。

この歌はこのブログのメニューにある「昔のTOP 100」の曲名検索欄に「crazy」と入れても出てこないので、大ヒットという訳ではないようだが、当時の米人は老若男女、誰でも知っていて人気があったようです。

この歌を聞くと、何故か昔見たアメリカのTV番組、名犬ラッシーとかルーシー・ショーなんかの一場面を思い出します。古き良き時代(ベトナム戦争以前)のアメリカ白人家庭で、デッカイ冷蔵庫があり、食卓で子供が母親が作ったハンバーガーを食べながら特大の瓶から牛乳を飲んでいる。その脇の戸棚に置かれている当時最新の5球スーパーラジオから、この歌が流れてくるような。米人にとってカントリー&ウェスタンというのは卑近な例ではあるが日本人の演歌というところでしょうか?

…………………………………….

Crazy, I’m crazy for feeling so lonely
気が狂いそう、とても寂しくて気が狂いそう
I’m crazy, crazy for feeling so blue
気が狂いそう、とても憂鬱で気が狂いそう
I knew you’d love me as long as you wanted
僕は君が望む限り、僕を愛してくれるって知っている
And then someday you’d leave me for somebody new
そして、いつか、新しい誰かのために僕から離れていく
Worry, why do I let myself worry?
心配、どうして僕は心配しなけりゃならないんだ
Wondering what in the world did I do?
一体全体、僕が何をしたというのか
Crazy for thinking that my love could hold you
気が狂いそう、僕の愛が君を繋ぎ止められるか考えるだけで
I’m crazy for trying and crazy for crying
僕はなんとか頑張って、泣いて、気が狂いそう
And I’m crazy for loving you
そして、僕は君を気が狂わんばかりに愛しているんだ
Crazy for thinking that my love could hold you
気が狂いそう、僕の愛が君を繋ぎ止められるか考えるだけで
I’m crazy for trying and crazy for crying
僕は君を気が狂わんばかりに愛しているんだ
And I’m crazy for loving you.
そして、僕は君を気が狂わんばかりに愛しているんだ

That Old Song / Ray Parker Jr. & the Raydio

ラジオ日本で毎週日曜日の20時から始まるクリス松村の「いい音楽あります」を聞き始めた。クリス松村は80年代のアイドル歌謡専門かと思っていたら当時の邦楽、洋楽にやたら詳しい。この番組、勉強になります。

処でこの番組のクロージングテーマがレイ・パーカーJRが歌うこの曲(邦題:プリーズ Mr. DJ)なんです。流石クリス先生、選曲が素晴らしい。何と言ってもこの歌詞が良いんです。

昔好きだった娘と当時の懐かしい曲が忘れられず、というか不可分のような気がして、その歌を聞くとどうしても彼女を思い出してしまう。別れてしまったけどもう一度帰って来てくれ。そして、遂に”Mr. DJ, won’t you please play that old song.”と叫んでしまう。DJさん、もう一度あの歌を掛けてくれ、彼女を取り戻すために。

胸キュンです。涙腺が刺激されてしまいました。(歳のせいでしょうか)昔TBSラジオで大橋巨泉が「ジャズABC」という番組をやっており、その中で歌詞の説明をしながらその歌詞に感動して、つい泣き出してしまった事がありました。その時は何なんだ、こりゃ、と思ってましたが、今となるとなんだか分かるような気がします。

同じような趣向の歌にカーペンターズの「イエスタディ・ワンス・モア」があります。ラジオから流れてくる懐かしい歌が良いね、全部覚えているよ、というような内容で、兄弟の歌声、アレンジも素晴らしい一級品です。しかし、胸キュン度ではこちらの方が上でしょう。

A good song and a love affair
素敵な歌と恋愛は
Go hand in hand together
一緒に歩んでいく
When you think you’ve gotten over one
君が恋が終わったと思っても
The other holds on to your forever
歌は永遠に君から離れない

I’ve tried hard to forget (To forget love) ever lovin’ you
僕がかつて君を愛したことを一生懸命忘れようとした
But just when I’ve convinced myself, it’s over with, then I hear
でも、僕が終わったと確信した瞬間、聞こえて来る

That old song that they used to play (That old song) on the radio just about every day
毎日のようにラジオから流れて来たあの古い歌が
And whenever I hear it all I can do is reminisce about lovin’ you
そして、いつもそれを聞くとき、僕に出来るのは君を愛していた事を思い出すだけ

That old song that they still play (That old song)
今でも聞けるあの古い歌が
Keeps me longin’ for the good old days
僕を古き良き時代への憧れを掻き立てるんだ
The lyric and the melody (Melody)
歌詞とメロディが
Remindin’ me how in love we used to be
そのころどんなに恋していたかを思い出させる

I shouldn’t be tellin’ you this
こんな事言うべきぢゃない
I know that I’m out of place (Out of place)
僕は自分が場違いだと分かってる
But when I love another woman
でも、他の女性を恋したときも
I can still see your face, baby
まだ、君の顔が浮かぶんだよ、ベイビ

Maybe this is a sign for us (We should get back) to try and get back together
多分これは元へ戻れという僕たちへのサインなんだ(元に戻るべき)
You can’t imagine that those memories (Those memories)
君はあの思い出が想像できないだろう
Do to me every time I hear
その歌を聞くたびにそうさせてしまうんだ

That old song that they used to play (That old song)
On the radio just about every day
Whenever I hear it all I can do
Is reminisce about lovin’ you

That old song that they still play (That old song)
Keeps me longin’ for the good old days
The lyric and the melody (Melody)
Remindin’ me how in love we used to be

(That old song)
あの古い歌
Think of you and me, every time I hear that song
この歌を聞くといつも君と僕を思い出す。

I recall the good times
僕はあの良い時代を思い出す
When I hear that song, that song, that song
僕があの歌を聞いたとき、あの歌が、あの歌が
Makin’ me realize that I want you back, girl
僕は君に帰って欲しいと本気で思わせるんだ

Every time I hear that song (Keep on playin’ that old song)
その歌を聞くといつでも (その古い歌を掛け続けてくれ)
Keep on playin’ that old song
その古い歌をずっとかけ続けてくれ
Ooh, when I hear that song (Keep on playin’ that old song)
ああ、僕はその歌を聞く時(その古い歌を掛け続けてくれ)
It reminds me of a love so strong, mmm…
僕が強く愛していたことを思い出す

Mr. DJ, won’t you please play (Keep on playin’ that old song) that old song
DJさん、お願いだ、その古い歌をかけてくれ (その古い歌を掛け続けてくれ)
Help me bring my baby back home (Keep on playin’ that old song)
僕の彼女を僕の元に返しておくれ(その古い歌を掛け続けてくれ)
Keep on playin’, playin’ that old song
その古い歌を掛け続けてくれ

Blue Christmas / Elvis Presley

最近、平野ノラのネタや荻野目洋子の「ダンシングクイーン」に合せて、バブル時代の衣装で踊りまくる高校生が出て来たりでバブル時代が再度脚光を浴びている(ような気がする)。

バブル時代とは公式には1986年から1991年迄を指すようだ。あの頃のクリスマス・イブと言えば赤プリを始め、都内の一流ホテルは全て満室。当時の男子はホテル代や食事代は勿論の事、プレゼントにティファニーのオープンハートを買って、かなりの無理をしていたようだ。

そんな風潮を見聞きしてはいたが、自分はどうも関係なかったようで、あの頃のクリスマスに何していたか、全く思い出せない。多分歌舞伎町の飲み屋でクダ巻いてたんだと思うが、派手に騒いでる周囲を見回し、アホみたいとか言いながら一人寂しく、寒さを堪えながら止まらないタクシーに必死で手を振っていたような気がする。

そんな事を考えていたら、この歌を思い出した。クリスマス・ソングは数あれど、ハッピー!メリークリスマス!等と言う莫迦に明るい歌よりは、ひねくれた自分にはこういうブルーな歌の方がしっくりくる気がする。この歌は歌詞がストレートで分かりやすく、歌詞の分量も少ないので覚えやすい。やっぱり、こういう素直な歌が一番です。

I’ll have a blue Christmas without you
僕は君が居ないブルーなクリスマスを過ごすんだ
I’ll be so blue just thinking about you
僕は君を想うととってもブルーになってしまう。
Decorations of red on our green Christmas tree
僕たちの緑のクリスマスツリーの上の赤い飾り

Won’t be the same dear, if you’re not here with me
もし、君がここで僕と一緒で無かったら、同じぢゃないよね

And when those blue snowflakes start fallin’
そして、青い雪が降り始めた時

That’s when those blue memories start callin’
それは、青い、悲しい思い出が蘇る時

You’ll be doin’ all right, with your Christmas of white
君はホワイトクリスマスで上手くやってるだろう

But I’ll have a blue, blue, blue, blue Christmas
でも、僕はとってもブルーで悲しいクリスマスなんだ

You’ll be doin’ all right, with your Christmas of white
君はホワイトクリスマスで上手くやってるだろう

But I’ll have a blue, blue, blue, blue Christmas
でも、僕はとってもブルーで悲しいクリスマスなんだ

Christmas In Kyoto / Michael Franks

米国では感謝祭の翌日の11月第4金曜日をBlack Fridayと言い、多くの小売店が大売り出しを始めます。競争が激しいため、各店舗が開店時間を徐々に繰り上げた結果、最近では午前4時や5時開店という店も珍しくなくなりました。ワカイシは徹夜で騒いで、年寄はもう目を覚ましているので店は朝から大変な騒ぎになり、この日から米国はクリスマス歳末モードになります。以前勤務していたロサンジェルスの会社ではワカイシが大きなCDラジカセをオフィスに持ち込み朝から晩までクリスマス・ソングを流していましたが誰も咎める人はいませんでした。もう仕事する気はありません。
マイケル・フランクスはボサノバを歌っていたので、何となく夏のイメージがありますが、冬でもチャンと歌っています。京都の小さなホテルで彼女と過ごすクリスマス。忘れられない思い出になったようです。黒澤明が出てきますが、発音が難しいんでしょうか、黒澤明に聞こえません。また、クリスマスのご馳走にカッパ巻というのも何となくかわゆいです。

I can’t forget the time we spent Christmas in Kyoto
僕は京都でクリスマスを過ごした時間を忘れられない。
At that small hotel overlooking the pagoda
五重塔を見下ろす小さなホテルで
with a thousand statues standing at attention
直立不動の姿勢で立っている数千の仏像と、
and not one the same like in one of those films by what’s-his-name?
そしてそれはどれも違っていて映画の一つに出てくるのに似ている、彼の名前は?
Ah, Akira Kurosawa
ああ、黒澤明
Who could forget the time we spent Christmas in Kyoto
誰が僕たちが京都で過ごしたクリスマスの一時を忘れる事ができようか。
Ornaments so fine in a silk of your kimono
絹の着物の飾り物が綺麗だ
Though we have no tree
僕たちにツリーは無いけれど
I feel certain you remember
僕は君が確かに覚えていると感じてる
how your touch sublime
君がどのようにして崇高なものを得、
and your holiday spirit lit up mine
そして君の休日の精神が僕を高揚させる

That Christmas in Kyoto
京都のクリスマス
That Christmas in Kyoto
京都のクリスマス
That perfect Christmas in Kyoto with you
君と一緒の完璧な京都のクリスマス

Celebrating Christmas in Kyoto
京都でクリスマスを祝う
All in telephoto only you and me has convinced me it is worth believing
全てが僕と君の望遠写真がそれは信ずるに足るものだと確信させてくれる
In giving and receiving unreservedly
率直に分かち合う事によって

And last but sure not least
そして大事なことを言い忘れたが、
The hotel provided sake and our Christmas feast kappa-maki with wasabi
ホテルがくれたお酒とクリスマスのご馳走、山葵のついたカッパ巻
Through the window we noticed snowflakes started falling
窓越しに雪が降り始めた事に気づいた
They were right on cue
合図通りに
Cinematically falling for me and you
映画のように僕と君の為に降っている

It’s highly unlikely I’ll soon forgets
僕がすぐに忘れることはないだろう
That Christmas in Kyoto
京都でのクリスマス
All up and down the chimney
煙突を上り下りしていたのは
Just Santa and you
サンタと君だけ

 

Tickle Toe / Lambert Hendricks & Ross + Count Basie Orchestra

最近はどうも新聞の死亡記事が気になります。最近見つけた訃報が今日の主人公であるジョン・ヘンドリックスです。

彼はデイブ・ランバートとアニー・ロスとの三人組(以下LH&R)でボォーカリーズを完成させました。ボォーカリーズとは器楽演奏を歌で再現するという非常に難しい芸です。元々は戦前の曲に歌詞を付けて歌っていましたが、それを聞いたカウント・ベイシーがいたく気に入り、彼のバンドをバックに3人が歌うという豪華企画が実現しました。尚、ジャケットに見えるJoe Williamsはブルースが得意であった当時のベイシー楽団専属歌手です。

取り上げる曲は勿論ベイシー楽団のヒット曲ですがその中でもこのティックル・トー(むず痒い足)は忘れられません。当時ベイシー楽団に在籍していたテナーのレスター・ヤングのソロをコピーして歌っています。

言うまでも無くジャズの醍醐味はアドリブ・ソロですが、名奏者は素晴らしいメロディを紡いでおり、昔は上手いソロの事を「良く歌っている」と表現していました。レスター・ヤングは独特の斬新なアドリブを吹いており、多くの人がこれを丸暗記しています。私もいつでも脳内で再生できます。

戦前のテナーサックスはコールマン・ホーキンスに代表される力強い堂々とした奏法が主流でした。処がレスター・ヤングは線が細く、なよなよした新しい奏法で油井正一はかつて「つながると思えば切れ、切れると思えば繋がる」という分かったような分からないような解説をしていました。この新スタイルに当時の若いミュージシャンが追随し、後年主として米国西海岸で盛んになったクールジャズの源流になったと言われています。また、レスター・ヤングこそがモダンジャズの原点だという人もいます。

レスター・ヤングは1944年に徴兵され殆どのミュージシャンは軍楽隊に配属されるのが通例でしたが彼は兵役に従事。
大東亜戦争終戦後に除隊し演奏活動に復帰しましたが大和明氏は「軍隊で黒人差別による精神的なダメージを受けたので除隊後の演奏には採るべきものは無い」と批判していました。これに対し、レスター・ヤング命の大橋巨泉氏は「大和君はそういう事を言うけどそんな事は無い」と強く反論していました。私は大橋巨泉氏に一票。

レスター・ヤングのソロに魅せられた後輩たちは彼へのトリビュートを録音しています。リー・コニッツは本業のアルトからテナー・サックスに持ち替えてレスター・ヤングのソロを再現しており、これを始めて聞いたときはジワッ、ウルッと来たことを覚えています。ベイシー楽団のオリジナルとLH&Rの歌、そしてリー・コニッツとアート・ペッパーの録音を聞き比べてみてください。先輩のレスター・ヤングを敬慕する素晴らしい演奏です。

LH&R / Tickle Toe with Count Basie Orchestra (聞き取り不能の為、歌詞は省略) 

Count Basie 楽団オリジナル(1940年録音)

Lee Konitzのアルバム 「Duets」のTickle Toe. 共演しているのは Richie Kamuca

Art Pepperのアルバム 「Surf ride」のTickle Toe.

Dixie Jass Band One-Step / ODJB (Original Dixieland Jass Band)

色々な人がジャズの歴史を研究しているが、その起源はクラシック音楽と違い、ちゃんとした譜面や記録が無いので、推測の域を出ません。現存する最古の記録としては、この曲を含む1917年のODJB (Originail Dixieland Jass Band)の録音があり、他にこれといった資料も無いので、この録音をもって嚆矢としました。(当時はJAZZではなくJASSと綴っていた)よって、今年はジャズが誕生して100年になります。

ところで、ジャズのルーツはアフリカだと言われています。アフリカの黒人が奴隷として米国に連れて来られ綿花畑での労働歌がブルースとなり、これがジャズの源泉となったというのが定説です。当時の黒人は楽器はありませんでしたが1861年に始まった南北戦争で廃物となった軍楽隊の楽器が黒人が持った最初の金管楽器だろうという説もあります。初期はトランペットがジャズの花形楽器であったのも軍楽隊のラッパから来ているのでしょう。

米国の作家アレックス・ヘイリーの「ルーツ」(1976)はベストセラーとなり、映画やTVドラマにもなりました。アフリカにルーツを持つ黒人が先祖であるクンタ・キンテを探すというノン・フィクションです。処が出版後これは事実では無いとか盗作であるとか多数の異議が出ました。例えば当時、殆どの奴隷はアフリカー米国間が長距離であるためアフリカ西岸から南米へ運ばれ、その後南米から米国へ移送されていました。しかしながら「ルーツ」ではアフリカから直接米国に上陸した事になっており、これが不自然だという指摘です。

私は奴隷は直接米国に来たものだと思っていましたが、この論争の中で一旦南米に上陸し、そこですぐに米国に移動した者もあれば長く南米に留まった例もあるという事を知った訳です。米国の黒人ジャズメンが直接アフリカを示唆するような演奏よりも南米に親和性を見せている例が多いのは、彼らの先祖が経由地の南米で南米音楽を吸収したDNAのなせる業でしょうか。

録音は1877年にエジソンが発明した蝋管式蓄音機で始まり1917年時点では蝋管でなく現在のように円盤になっていました。但し、電気録音の発明は1925年であり、この時点では蓄音機のラッパへの直接吹き込みでした。ここに取り上げたODJBの演奏は電気録音では無いにも係わらず意外にも各楽器の音がそれぞれ捉えられている。当然マイクは無いので、蓄音機のラッパの前に立ち、音の大きい太鼓は少し後ろに配置したりしてバランスを取ったのでしょう。尚ODJBのメンバーは全て白人です。人種差別意識の強かった時代に黒人が録音する事は考えられず、仮に録音してもそのレコードを買う人は無かったようです。

The Changing Lights / Stacey Kent

毎年ノーベル文学賞発表時期になるとハルキストなる人々が謂集し、吉報を待つ。しかし今年も村上春樹の受賞は無く、ハルキスト達はクラッカーを鳴らし、アーとかウーとか言って去って行った。

受賞したKazuo Ishiguroは長崎県で生まれ、5歳の時に英国に移住し、現在は英国籍であるが、まるで日本人が受賞したような騒ぎになっている。英国は二重国籍を容認する国なので、もし現時点で英国と日本の二重国籍であったら、どんな騒ぎになっていたか。余談であるが、Kazuo Ishiguroの著作と今年のノーベル経済学賞のリチャード・セイラー及び同物理学賞のライナー・ワイス、キップ・ソーン、バリー・バリッシュの3氏の著作は共に早川書房の出版であり、二人しかいない営業部員はてんてこ舞いの忙しさであるらしい。

ステーシー・ケントは米国東部生まれで22歳の時に音楽の勉強のために英国に渡り、以降ロンドンを中心に音楽活動を続けている。彼女のアルバム”Breakfast on the Morning Tram”は大ヒットし、グラミー賞にもノミネートされた。このアルバムではKazuo Ishiguroが4曲作詞している。最新作である”I know, I dream”では”The Changing Lights”と新幹線を題材にした”Bullet Train”の2曲を作詞している。

彼女とKazuo Ishiguroの出会いは英国 Independent紙の
How we met: Stacey Kent & Kazuo Ishiguro によると、スステイシーは2002年に”Unconsoled” 「充たされざる者」と”The Remains of the Day”「日の名残り」を読んで彼のファンになり夫でサックス奏者・作曲家のMr. Jim Tomlinson と共に彼が出ているラジオ番組を聴いていた。するとKazuo Ishiguroが私の歌をかけたのを聞いて驚いた。とても嬉しかったので、早速礼状を書き、それから電子メールのやりとりが始まった。その後ランチを共にする機会があった。彼女はKazuoに畏敬の念があったため、当初は委縮していたがすぐに打ち解けた。同年”In Love Again”のライナーノーツ執筆を依頼した。それは全く素晴らしい出来であり、夫と共にお礼のランチに招待した。その席で突然夫がKazuoにステイシーの為の作詞を依頼したところ快諾された。(以下略)

Were we leaving Rio or were we in New York?
私たちがリオを離れる時、それともニューヨークにいた?
I remember bossa nova on the breeze
私はそよ風に乗ってるボサノバを覚えてる

We were in the back seat of a cab we couldn’t afford
私たちは払えないタクシーの後部座席にいた
You were holding my old rucksack on your knees
あなたは私の古いリュックサックを膝の上に抱いていた

You leaned towards your window to see the traffic up ahead
あなたは先に行く車を見ようと、窓にもたれかかってた
“These commuters here,” you said “Could be the walking dead”
これらの通勤者は生ける屍かもしれないとあなたが言った

And we vowed to guard our dreams
私達は自分の夢を守ると誓った
From all the storms that lay ahead from the winds of fear and age and compromise
この先待ち構えるのが嵐と恐怖と年齢と妥協の強風だったとしても
And we laughed about the hopelessness of so many peoples lives
そして、渡地たちは多くの人々の人生の絶望を笑った
As we slowly moved towards the changing lights.
私たちが変わろうとする信号に向かってゆっくり進んでいる

It was near Les Invalides or perhaps Trafalgar Square
それはアンヴァリッドの近くか、もしかしたらトラファルガー広場
It was late at night the city was asleep.
夜は更け、街は深い眠りの中

You were clowning in the back seat with some friends we’d found somewhere
あなたは何処かで出会った友人たちと後部座席でふざけていた
The kind, back then, we always seemed to meet
あの頃、私たちが知り合うのはそんな人たちだった
There were those in this great world you said “Just fated to go far”
この広い世界には遠くに旅するように運命づけられている人々がいる、とあなたは言った
And among the lucky ones were we inside that car
そして車に乗っている私たちが恵まれてる者という事ですね.

And your friends began to sing “When You Wish Upon A Star”
そしてあなたの友達が「星に願いを」を歌い始めた
And you clapped along like you didn’t have a care
そしてあなたは何も気にしていない素振りで手を叩き続ける
But once I turned to glance at you as we drove across the square
でも車が広場を横切る時ふとあなたを見ると

And your face looked haunted in the changing lights
あなたの顔は変わりかけた信号の中、何かに取り憑かれているように見えた

Was it last September?
あれは去年の9月?
It was autumn more or less
秋の頃
You were waiting to cross some busy boulevard talking on your phone to your family I guess
あなたは多分あなたの家族に電話しながら込み合った大通りを渡ろうと待っていた
Your briefcase tucked up high beneath your arm
あなたは小脇にブリーフケースを抱えて

As I approached you turned around
私が近づくとあなたは振り返り
A question in your eye
怪訝な眼差し
As though I might ignore you and just simply walk on by
まるで私が無視して歩き去ったかのように

But we smiled and talked awhile about each others lives

でも私たちは微笑み暫くお互いの近況について話をした
And once or twice I caught a wistful note
そして、一度か二度私はあなたの知りたげな様子に気づいたけれど
Then you moved towards the crossing as the cars slowed to a halt
車が速度を落として近づくと、あなたは横断歩道へと歩いて行った
And we waved and parted beneath the changing lights
そして変わりつつある信号の下で手を振って別れたの


The Changing Lights / Stacey Kent

 

Release Me / Engelbert Humperdinck

今週日曜日の山下達郎サンデーソングブックで2回目のグレン・キャンベル特集を聞く事ができました。山下達郎もカントリー&ウェスタンは米国中西部の田舎に住む共和党支持者、すなわちトランプ支持者にファンが多いと言ってました。

エンゲルベルト・フンパーディングは英国人ですので、「リリース・ミー」はカントリー&ウェスタンとは言えませんが、カントリー風味満点のスタンダード曲になっています。

前にも言ったようにカントリー&ウェスタン系の歌は男目線の歌詞が多く、この歌も結構凄いです。相手が恋人か妻かは分かりませんが、もうお前を愛していないから自由にさせてくれと言ってます。極め付は「彼女の唇は暖かいが君のは冷たい」。ここで言う彼女は新しい恋の相手です。今時こんな歌詞を書く作詞家が居たら、ネットで袋叩きにの目にあってるかもしれません。しかし、この歌は英国で大ヒットし、そのお陰でビートルズが1位を取れなかった事もあります。

Please release me, let me go
僕を解放して、行かせてくれ
For I don’t love you anymore
僕はもう君を愛していないから
To waste our lives would be a sin
僕たちの人生を無駄にすることは罪だ
Release me and let me love again
開放して、もう一度恋をさせてくれ

I have found a new love, dear
僕は新しい恋を見つけたんだよ
And I will always want her near
そして、僕はいつも彼女が側に居て欲しい
Her lips are warm while yours are cold
彼女の唇は暖かい、でも君のは冷たい
Release me, my darling, let me go
君よ、僕を解放して行かせてくれ

(Please release me, let me go)
(お願いだから僕を解放して、行かせてくれ)
For I don’t love you anymore
僕はもう君を愛していないから
(To waste my life would be a sin)
私の人生を無駄にする事は罪だ
So release me and let me love again
だから、僕を解放してもう一度恋さえてくれ

Please release me, can’t you see
御願いだから僕を解放してくれ、分らないのかい?
You’d be a fool to cling to me
君が僕にしがみつくのは愚かな事だ
To live our lives would bring us pain
僕たちの人生を生きるのは僕たちに苦痛をもたらす
So release me and let me love again
だから、お願いだ僕を解放して、もう一度恋をさせてくれ
(Let me love, let me love)
恋をさせてくれ、恋をさせてくれ