Dixie Jass Band One-Step / ODJB (Original Dixieland Jass Band)

色々な人がジャズの歴史を研究しているが、その起源はクラシック音楽と違い、ちゃんとした譜面や記録が無いので、推測の域を出ません。現存する最古の記録としては、この曲を含む1917年のODJB (Originail Dixieland Jass Band)の録音があり、他にこれといった資料も無いので、この録音をもって嚆矢としました。(当時はJAZZではなくJASSと綴っていた)よって、今年はジャズが誕生して100年になります。

ところで、ジャズのルーツはアフリカだと言われています。アフリカの黒人が奴隷として米国に連れて来られ綿花畑での労働歌がブルースとなり、これがジャズの源泉となったというのが定説です。当時の黒人は楽器はありませんでしたが1861年に始まった南北戦争で廃物となった軍楽隊の楽器が黒人が持った最初の金管楽器だろうという説もあります。初期はトランペットがジャズの花形楽器であったのも軍楽隊のラッパから来ているのでしょう。

米国の作家アレックス・ヘイリーの「ルーツ」(1976)はベストセラーとなり、映画やTVドラマにもなりました。アフリカにルーツを持つ黒人が先祖であるクンタ・キンテを探すというノン・フィクションです。処が出版後これは事実では無いとか盗作であるとか多数の異議が出ました。例えば当時、殆どの奴隷はアフリカー米国間が長距離であるためアフリカ西岸から南米へ運ばれ、その後南米から米国へ移送されていました。しかしながら「ルーツ」ではアフリカから直接米国に上陸した事になっており、これが不自然だという指摘です。

私は奴隷は直接米国に来たものだと思っていましたが、この論争の中で一旦南米に上陸し、そこですぐに米国に移動した者もあれば長く南米に留まった例もあるという事を知った訳です。米国の黒人ジャズメンが直接アフリカを示唆するような演奏よりも南米に親和性を見せている例が多いのは、彼らの先祖が経由地の南米で南米音楽を吸収したDNAのなせる業でしょうか。

録音は1877年にエジソンが発明した蝋管式蓄音機で始まり1917年時点では蝋管でなく現在のように円盤になっていました。但し、電気録音の発明は1925年であり、この時点では蓄音機のラッパへの直接吹き込みでした。ここに取り上げたODJBの演奏は電気録音では無いにも係わらず意外にも各楽器の音がそれぞれ捉えられている。当然マイクは無いので、蓄音機のラッパの前に立ち、音の大きい太鼓は少し後ろに配置したりしてバランスを取ったのでしょう。尚ODJBのメンバーは全て白人です。人種差別意識の強かった時代に黒人が録音する事は考えられず、仮に録音してもそのレコードを買う人は無かったようです。

The Changing Lights / Stacey Kent

毎年ノーベル文学賞発表時期になるとハルキストなる人々が謂集し、吉報を待つ。しかし今年も村上春樹の受賞は無く、ハルキスト達はクラッカーを鳴らし、アーとかウーとか言って去って行った。

受賞したKazuo Ishiguroは長崎県で生まれ、5歳の時に英国に移住し、現在は英国籍であるが、まるで日本人が受賞したような騒ぎになっている。英国は二重国籍を容認する国なので、もし現時点で英国と日本の二重国籍であったら、どんな騒ぎになっていたか。余談であるが、Kazuo Ishiguroの著作と今年のノーベル経済学賞のリチャード・セイラー及び同物理学賞のライナー・ワイス、キップ・ソーン、バリー・バリッシュの3氏の著作は共に早川書房の出版であり、二人しかいない営業部員はてんてこ舞いの忙しさであるらしい。

ステーシー・ケントは米国東部生まれで22歳の時に音楽の勉強のために英国に渡り、以降ロンドンを中心に音楽活動を続けている。彼女のアルバム”Breakfast on the Morning Tram”は大ヒットし、グラミー賞にもノミネートされた。このアルバムではKazuo Ishiguroが4曲作詞している。最新作である”I know, I dream”では”The Changing Lights”と新幹線を題材にした”Bullet Train”の2曲を作詞している。

彼女とKazuo Ishiguroの出会いは英国 Independent紙の
How we met: Stacey Kent & Kazuo Ishiguro によると、スステイシーは2002年に”Unconsoled” 「充たされざる者」と”The Remains of the Day”「日の名残り」を読んで彼のファンになり夫でサックス奏者・作曲家のMr. Jim Tomlinson と共に彼が出ているラジオ番組を聴いていた。するとKazuo Ishiguroが私の歌をかけたのを聞いて驚いた。とても嬉しかったので、早速礼状を書き、それから電子メールのやりとりが始まった。その後ランチを共にする機会があった。彼女はKazuoに畏敬の念があったため、当初は委縮していたがすぐに打ち解けた。同年”In Love Again”のライナーノーツ執筆を依頼した。それは全く素晴らしい出来であり、夫と共にお礼のランチに招待した。その席で突然夫がKazuoにステイシーの為の作詞を依頼したところ快諾された。(以下略)

Were we leaving Rio or were we in New York?
私たちがリオを離れる時、それともニューヨークにいた?
I remember bossa nova on the breeze
私はそよ風に乗ってるボサノバを覚えてる

We were in the back seat of a cab we couldn’t afford
私たちは払えないタクシーの後部座席にいた
You were holding my old rucksack on your knees
あなたは私の古いリュックサックを膝の上に抱いていた

You leaned towards your window to see the traffic up ahead
あなたは先に行く車を見ようと、窓にもたれかかってた
“These commuters here,” you said “Could be the walking dead”
これらの通勤者は生ける屍かもしれないとあなたが言った

And we vowed to guard our dreams
私達は自分の夢を守ると誓った
From all the storms that lay ahead from the winds of fear and age and compromise
この先待ち構えるのが嵐と恐怖と年齢と妥協の強風だったとしても
And we laughed about the hopelessness of so many peoples lives
そして、渡地たちは多くの人々の人生の絶望を笑った
As we slowly moved towards the changing lights.
私たちが変わろうとする信号に向かってゆっくり進んでいる

It was near Les Invalides or perhaps Trafalgar Square
それはアンヴァリッドの近くか、もしかしたらトラファルガー広場
It was late at night the city was asleep.
夜は更け、街は深い眠りの中

You were clowning in the back seat with some friends we’d found somewhere
あなたは何処かで出会った友人たちと後部座席でふざけていた
The kind, back then, we always seemed to meet
あの頃、私たちが知り合うのはそんな人たちだった
There were those in this great world you said “Just fated to go far”
この広い世界には遠くに旅するように運命づけられている人々がいる、とあなたは言った
And among the lucky ones were we inside that car
そして車に乗っている私たちが恵まれてる者という事ですね.

And your friends began to sing “When You Wish Upon A Star”
そしてあなたの友達が「星に願いを」を歌い始めた
And you clapped along like you didn’t have a care
そしてあなたは何も気にしていない素振りで手を叩き続ける
But once I turned to glance at you as we drove across the square
でも車が広場を横切る時ふとあなたを見ると

And your face looked haunted in the changing lights
あなたの顔は変わりかけた信号の中、何かに取り憑かれているように見えた

Was it last September?
あれは去年の9月?
It was autumn more or less
秋の頃
You were waiting to cross some busy boulevard talking on your phone to your family I guess
あなたは多分あなたの家族に電話しながら込み合った大通りを渡ろうと待っていた
Your briefcase tucked up high beneath your arm
あなたは小脇にブリーフケースを抱えて

As I approached you turned around
私が近づくとあなたは振り返り
A question in your eye
怪訝な眼差し
As though I might ignore you and just simply walk on by
まるで私が無視して歩き去ったかのように

But we smiled and talked awhile about each others lives

でも私たちは微笑み暫くお互いの近況について話をした
And once or twice I caught a wistful note
そして、一度か二度私はあなたの知りたげな様子に気づいたけれど
Then you moved towards the crossing as the cars slowed to a halt
車が速度を落として近づくと、あなたは横断歩道へと歩いて行った
And we waved and parted beneath the changing lights
そして変わりつつある信号の下で手を振って別れたの 

Release Me / Engelbert Humperdinck

今週日曜日の山下達郎サンデーソングブックで2回目のグレン・キャンベル特集を聞く事ができました。山下達郎もカントリー&ウェスタンは米国中西部の田舎に住む共和党支持者、すなわちトランプ支持者にファンが多いと言ってました。

エンゲルベルト・フンパーディングは英国人ですので、「リリース・ミー」はカントリー&ウェスタンとは言えませんが、カントリー風味満点のスタンダード曲になっています。

前にも言ったようにカントリー&ウェスタン系の歌は男目線の歌詞が多く、この歌も結構凄いです。相手が恋人か妻かは分かりませんが、もうお前を愛していないから自由にさせてくれと言ってます。極め付は「彼女の唇は暖かいが君のは冷たい」。ここで言う彼女は新しい恋の相手です。今時こんな歌詞を書く作詞家が居たら、ネットで袋叩きにの目にあってるかもしれません。しかし、この歌は英国で大ヒットし、そのお陰でビートルズが1位を取れなかった事もあります。

Please release me, let me go
僕を解放して、行かせてくれ
For I don’t love you anymore
僕はもう君を愛していないから
To waste our lives would be a sin
僕たちの人生を無駄にすることは罪だ
Release me and let me love again
開放して、もう一度恋をさせてくれ

I have found a new love, dear
僕は新しい恋を見つけたんだよ
And I will always want her near
そして、僕はいつも彼女が側に居て欲しい
Her lips are warm while yours are cold
彼女の唇は暖かい、でも君のは冷たい
Release me, my darling, let me go
君よ、僕を解放して行かせてくれ

(Please release me, let me go)
(お願いだから僕を解放して、行かせてくれ)
For I don’t love you anymore
僕はもう君を愛していないから
(To waste my life would be a sin)
私の人生を無駄にする事は罪だ
So release me and let me love again
だから、僕を解放してもう一度恋さえてくれ

Please release me, can’t you see
御願いだから僕を解放してくれ、分らないのかい?
You’d be a fool to cling to me
君が僕にしがみつくのは愚かな事だ
To live our lives would bring us pain
僕たちの人生を生きるのは僕たちに苦痛をもたらす
So release me and let me love again
だから、お願いだ僕を解放して、もう一度恋をさせてくれ
(Let me love, let me love)
恋をさせてくれ、恋をさせてくれ

September Song / Bing Crosby

朝、寝惚けてラジオを聴いていたら9月という事もあり ”September Song” が流れてきた。これがボケている脳を刺激し、何だったっけか、、と考えているうちにWoody Allenの映画 “Radio Days”の挿入歌だという事を思い出しました。ついでに、この歌が画面に良くマッチしていると感じた事まで出てきました。忘れてた記憶がふとしたきっかけで蘇るという事は良くあるようです。

歌っているのはビング・クロスビーです。サビから歌いだしてるので歌詞の意味が分かりにくいですが、これ以上深入りしません。映画に挿入されたのはWalter Houstonというカナダ人の歌です(どういう人か良く分りません)。後年フランク・シナトラも吹き込んでいますが、米人の評論家によればビング・クロスビーの方が出来が良いと言っています。

Woddy Allenはこの曲が事の外お気に入りのようで、彼のインタビューを纏めた “Woody Allen on Woody Allen”というペーパーバックの中に “Allen has stated that the song may be the best American popular song ever written.”(アレン曰く 、この歌がこれまで書かれた最も素晴らしいアメリカのポピュラーソングだろうと。)という件があるそうです。

Oh, it’s a long, long while from May to December
ああ、5月から12月はとても長い。

But the days grow short when you reach September
でも、9月になれば日は短くなる。

When the autumn weather turns the leaves to flame
秋の気候が木の葉を燃えさせる時

One hasn’t got time for the waiting game
もう、待機している時間は無い

Oh, the days dwindle down to a precious few
ああ、日々は徐々に極めて少なくなっていく

September, November
9月、11月
And these few precious days I’ll spend with you
そして、これからの極めて少ない日々をあなたと過ごしたい

These precious days I’ll spend with you
これからの極めて少ない日々をあなたと過ごしたい

 

Radio Days Sound Track:

By The Time I Get To Phoenix / Glen Campbell

山下達郎のサンデー・ソングブックを毎週録音して聞いています。今週の番組の最後に、来週はグレン・キャンベルでもやるか、どうしようか、、等と言っているのを聞いて、ふと思い出しました。彼は今年の8月に亡くなっています。しかし、グレン・キャンベル追悼とか、特集とかが無かったような気がします。

この曲はジム・ウェッブの作曲で、彼らしいスッキリした覚えやすいメロディに好感を持てます。近年、日本ではカントリー&ウェスタン(C&W)が余り人気が無いのですが、米本国では根強い人気があります。謂わばアメリカ人の演歌というところでしょうか。

C&Wは牧場で牛を追う強い男のイメージが底流にあるからか、男性中心、女が泣いてお終い、という男尊女卑的な歌詞が多いです。それでも全米でヒットするのは(都会住まいでない)アメリカの女性は意外にこういう強い男を求めているのではないでしょうか。これが根強いトランプ支持に繋がるものがあるような気がします。

By the time I get to Phoenix she’ll be rising
俺がフェニックスに着く頃,彼女は起きているだろう。
She’ll find the note I left hangin’ on her door
彼女はドアに貼ってあるメモに気が付くだろう。
She’ll laugh when she reads the part that says I’m leavin’
彼女はメモの中の「出て行く」って部分を読んで笑ってるだろう。
‘Cause I’ve left that girl so many times before
だって以前何度も,この娘から離れたことがあるから。

By the time I make Albuquerque she’ll be working
俺がアルバカーキに着く頃,彼女は仕事をしてるだろう。
She’ll probably stop at lunch and give me a call
彼女は多分昼飯時に仕事を止め,俺に電話する。
But she’ll just hear that phone keep on ringin’ off the wall that’s all
しかし、彼女は,壁の受話器の呼出し音が鳴り続けるのを聞く、それだけさ。

By the time I make Oklahoma she’ll be sleepin’
俺がオクラホマに着く頃,彼女は寝ているだろう。
She’ll turn softly and call my name out loud
彼女はゆっくり寝返り打って,大声で俺の名前を呼ぶだろう。
And she’ll cry just to think I’d really leave her
そして彼女は俺が本当に出て行ったと思っただけで、泣き出すだろう。
Though time and time I try to tell her so
俺は今まで事あるごとにそう言って来た。
She just didn’t know I would really go
彼女は俺が本当に出て行くなんて知らなかった。

King of 52nd Street / Melody Gardot

今年はチャーリー・パーカー没後62年で、これを記念して彼のヒット曲を新アレンジで色々な歌手が歌うという面白い趣向のアルバムが6月央に発売されました。(没後60年記念の予定が遅れて62年になってしまったようです。)私の好きなメロディー・ガルド―が入ってる事もあり軽い気持ちで買ってみましたが、これが予想外の曲者でした。

プロデューサーのラリー・クライン(この人は元妻がジョニ・ミッチェル、現妻がルシアナ・ソウザ)の解説によれば、このアルバムの12曲全体でチャーリー・パーカーの生涯を描く、言わばミュージカル仕立てになっているそうです。セントルイスで生まれ、ニューヨークでビバップの開祖と言われて大評判を取り、カリフォルニア移住、欧州公演とそれぞれの場面をチャーリー・パーカー作曲に歌詞を付け、それぞれ新進気鋭のジャズメンとボーカリストが「今」のジャズに仕上げています。

ラリー・クラインは、もしチャーリー・パーカーが今生きていたら、こんな演奏をしただろう、というコンセプトで編曲したそうです。よって、昔のビバップのようにシンバルでチーンチッキ、チーンチッキと拍子を取るシンバル・レガートはありません。また、チャーリー・パーカーの楽器であるアルト・サックスが全く出てこないというのも、かなりの冒険です。この大胆な企画で、これまでのチャーリー・パーカー トリビュートとは全く違ったアルバムが出来上がりました。

12曲をそれぞれ違うボーカリストが歌っていますが、メロディー・ガルド―が歌う”King of 52nd Street”はマンハッタン52通りにあったジャズクラブ「バードランド」で活躍したパーカーを偲んだ曲。もちろん店名は彼のニックネームである「バード」に因んでいます。原曲は”Scrapple From The Apple”で、オリジナル録音(1947年ダイヤル盤)もリンクしておきます。

メロディーガルド―のボーカルは軽やかなさえずり感と同時に漂う妖しさが彼女特有の雰囲気を醸し出しています。ただ自分の頭が固いせいか、パーカーが今生きていたら、というラリー・クラインの制作意図が、すんなり腑に落ちませんでした。最初に彼のインタビューを読まなければ素直に聞けたのかもしれません。

元歌となったScrapple From The Appleのオリジナル(ダイヤル1021)

How insensitive / Frank Sinatra + Antonio Carlos Jobim

最近はかつての名作が次々と復刻CD化され、しかもかなり安い値段で販売されています。先日、そんな中からアントニオ・カルロス・ジョビンの遺作である”Antonio Brasilero”を買ってみました。実は買う前には知らなかったのですが、このアルバムにはスティングが客演し”How Insensitive”を歌っています。

このスティングの歌を聞いてフランク・シナトラとアントニオ・カルロス・ジョビンの共演を思い出しました。二人はリプリーズに20曲録音しており、ジャケ写のアルバムにはその内、クラウス・オガーマンのアレンジによる10曲が収められています。このCDでも”How Insensitive”が歌われており聞き比べてしまいます。勿論スティングの歌も素晴らしいのですが、何と言ってもクラウス・オガーマンのアレンジが素晴らしく、どちらかと言えばシナトラに軍配でしょう。

オガーマンは私の最も好きなアレンジャーで最盛期には彼がアレンジすればレコードが売れるという事で依頼が殺到し、飛行機の中でも書いていたそうです。ダイアン・クラールはオガーマンからこの譜面を借りてアレンジの勉強をしたと言っていました。

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Make It Easy On Yourself / Walker Brothers

先週の山下達郎サンデー・ソングブックで久々にこの歌が聞けました。(邦題:涙でさようなら)いつ聞いても良い曲です。

The Waker Brothers は日本でも”In My Room” (孤独の太陽)や”Land of a Thousand Dances” (ダンス天国)”The Sun Ain’t Gonna Shine Anymore”(太陽はもう輝かない)等々のヒットで覚えている方も多いと思います。この曲はバート・バカラックの作曲でジェリー・バトラーのカバーですが原曲より数段良い出来だと思います。

リードボーカルのスコット・ウォーカー(ジャケ写中央)はウォーカー・ブラザース解散後本名であるスコット・エンゲルに改名しソロ活動を開始しました。その頃、ミュージック・ライフという雑誌にスコット・エンゲルの顔がアップになっている一頁の白黒グラビアがあり、その写真を見てカッコエエーと思ったと同時に何かそれ以上のものを感じた事を未だに覚えています。三島由紀夫は「聖セバスティアヌス」という、半裸のマッチョが木に縛り付けられ弓矢で撃たれている絵を見て初めて精通したと仮面の告白に書いています。勿論私の場合はそんな大仰なものではありませんが、それを読んだ時、妙に納得した覚えがあります。

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Kiss And Say Goodbye / Manhattans

毎日のようにデートを重ねて来た彼女に別れを告げなければならない時が来た。彼にはobligation(義務)がある。この義務とは兵役でしょう。

ただ、キスして別れよう。歩き始めたら振り返っちゃ駄目だ。そして、誰か素敵な彼氏を見つけてくれ。

映画の一場面のような情景が浮かんできます。こういうテーマの曲は日本にはありませんが、マンハッタンズの語りと甘い歌声が余計に悲しい状況を増幅しているような気がします。

良く出てくる I miss you という表現は日本語には訳しにくいです。失敗するとか外すとかいう意味でよく使われますが、語感としては本来あるべき所にあるべきものが無いという感じだと思います。ここに君が居る筈なのに、いない。よって寂しいという訳になるんでしょう。

しかし、戦争に行っても必ず元気な姿で戻ってくるから、いつまでも僕を待っていてくれ、というのか、この歌のように、もうどうなるか分からないから誰か良い人を見つけて幸せになってくれというのか?答が出る問題ではありませんが、誠に切ない問いです。尚、邦題は「涙のキッス」です。

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Let the good times roll / Kalaeloa

毎週土曜日午前8時から10時まで、INTER FM897で”iHeart Hawaii”という番組が放送されています。DJは南美布という女性で、時折現地DJの声も入ります。

この番組はハワイの現状をかなり細かく伝えてくれており、アラモアナセンタでバーゲンが始まったとか、ワイキキのどこかに新しいパンケーキ屋さんが出来て、行ってみた、とか、聞いていると自分がワイキキに居るような錯覚に陥ります。

我々ハワイアンというとアロハ・オエとかカイマナヒラとかを思い出しますが、こういう古典的ハワイアンとは別に今のハワイ音楽を聞く機会は意外に少ないようです。この番組は当然今のハワイアンを聞かせる訳ですが、聞いているとハワイアンとレゲエを混ぜたような歌が多く、これが何ともユルイ雰囲気になり、聞いていてボーットしてしまいます。良い感じなんですが、やはりハワイとジャマイカの混合では少々違和感も感じます。

このKalaeloaの歌にはレゲエ風味は無く、もっとも真っ当に進化したハワイアンという感じがします。ギターとウクレレという組み合わせがハワイらしく、沖縄でギターと三線のバンドがいるのと同じ感覚でしょうか。全体的に乗りやすい仕上がりで、歌詞も能天気型で楽に楽しめます。
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