文豪の女遍歴/小谷野敦著

「どうでも良いと思いつつ、やっぱり気になる他人の色ごと」特に昨今不倫報道が色々出てくるとつい古い諺を思い出してしまいます。「人のフリン見て我がフリン直せ」

この本、買うか否か少々迷いました。男女文士62人の女遍歴、男遍歴、男色が語られており、これだけの色事を読まされては胸焼けしそうな気がしたんです。

小谷野敦は国文学者・文芸評論家で実に多くの資料に当たり、真実を究明しています。文体が簡潔なのは綿密な調査の裏付けがあるからでしょう。例えば夏目漱石の項では「(前略)漱石は一度しか結婚せず、多くの子供をなしたが、妻以外の女とはセックスせず、娼婦を買ったこともない。(中略)なぜ漱石が『国民作家』になったかといえば、東大卒の英文学者で東大講師をしており、明治四十年代以降、自然主義が盛んになって、性的な経験を描く作家が増えた中で、漱石は性的なことがらを書かなかったから、中産階級の家庭で、漱石なら読んでもいいということになったからである。」これ以上簡潔な漱石論は他にないでしょう。

佐藤春夫の項で、谷崎潤一郎が佐藤の求めに応じて妻千代を譲渡した事件については「(前略)だが、深読みをすれば、佐藤が好きだったのはもともと千代でなく、谷崎のほうだったのだろう。ホモーソーシャルでホモエロチックなもので、芥川も谷崎に惹かれていたし、谷崎というのは男に崇拝される質なのである。谷崎が好きだったからその妻の千代も欲しかった、ということだろう。」と述べている。

男色と言えばまず「仮面の告白」の三島由紀夫が思い浮かぶが、彼は本物のゲイでは無いという論もあり、本書ではバイセクシャルとしている。しかし「ヒタメン 三島由紀夫が女に逢うとき…」という著作のある岩下尚史はTVで、ちゃんとしたゲイの方はご家庭とお子様をお持ちなの、と言っていた。自身が独身である事を卑下しての発言であるが、妻子があるからゲイでは無いとは言えないというのが本意であろう。川端康成も同様であるらしい。

宇野千代の項では「『徹子の部屋』に出た時は、黒柳徹子が『尾崎士郎さん…』というとすかざす『寝たっ!』と言うので、あとで黒柳が、あんなにお昼寝をするように寝た寝た言う方は初めてだと笑っていたという。ところが小林秀雄だけは、寝たでも寝ないでもなく口を濁したので、あとで訊いたら、雑魚寝をした、という。」宇野は色んな男と寝た話をするが、瀬戸内寂聴が宇野を京都の自宅に接待した時も小林秀雄だけは濁したそうです。

著者がかなり細かい事情まで把握できるのは昔は私小説という形態が多く、自身あるいは実在の人物がモデルになっているので本編、周辺資料、書簡からかなり正確に実際を推定出来るようです。例えば田山花袋の「蒲団」は本人の実話であると断じており国文学の研究とはこういう事かと得心した次第であります。全体を通じて、本人及び周囲の女性の自殺或いは精神異常が多いのが驚きです。全ての自殺、精神異常が色絡みとは言えないでしょうが、やはり当時は不倫するのも命がけといった処でしょうか。
一読三嘆当世文豪気質。

昭和と師弟愛/小松政夫著

博多生まれの小松政夫(本名:松崎雅臣)は昭和31年俳優を目指し兄を頼って横浜に出てきたが俳優座の月謝が払えず、俳優を断念。横浜トヨペットのセールスマンを経て昭和39年1月より植木等の運転手兼付き人となる。セールスマン時代は口八丁・手八丁で売りまくり月給12万円を稼いだが、付き人となっては世間並みの月給7千円。当時既に植木等は大スターで多忙を極め、付き人の小松は1週間の睡眠時間が10時間しかなかった事もあった。しかし、小松は植木等の傍に居るだけで嬉しく、全然つらくなかったそうだ。現在NHKで土曜夜放送中の「植木等とのぼせもん」には本書にあるエピソードが、上手く映像化されている。

付き人になってからは植木等のはからいで、しばしばチョイ役を貰い3年10ヶ月後遂に「シャボン玉・ホリデー」でデビューできた。本書によると最初の映画は昭和40年のクレージーキャッツの「大冒険」とあるが、小松が出ていたのは覚えていない。もう一回DVDを見直してみましょう。

その後は独立して「小松の親分さん」で一世風靡。伊東四朗とのコンビでも笑わせてくれた。昭和50年に始まった「前略おふくろ様」に出ていたのは良く覚えている。板前修業中のショーケンの先輩役で意外にシリアスな演技だったと記憶している。これももう一回DVDを見てみよう。

植木等の遺作は平成19年の「舞妓Haaaan!!!」で画面では矍鑠とした老人に見えたが、この時は既に車椅子+酸素吸入状態であったらしい。その時の植木は車椅子に座っていても本番になるとシャキッと腰が伸びたと書かれている。これもDVDもう一度見てみましょう。

全般的に植木等がなんとか小松を助けて一人前にしてやろうという気持ち、気配りが素晴らしい。また小松が植木を慕う気持ちが溢れている。小松のどうしたらウケるか必死に工夫し淀川長治のギャグが生まれたエピソード等々実に興味深い。

以前赤塚不二夫の長年の編集者で手塚治虫も一時担当していた人の本を読んだことがある。赤塚不二夫がアシスタントを何とか一本立ちさせてやろうと色々と図らう気持ちが植木等と殆ど同じであった。一方手塚治虫は俺のアシスタントになれただけでも有難く思え的な正反対の性格だったそうである。

 

夕陽の中で/長谷川きよし

長谷川きよしはデビュー作「別れのサンバ」が大ヒットし、それを聞いてファンになりました。盲目でありながら、ギターの奏法に迫力があり、凄い歌手が出てきたもんだ、と思った記憶があります。その後のアルバムは皆良い出来で、初期のLPは全部CDで買い直しました。彼は銀巴里がスタートという事もあり、シャンソンが得意なので、こんな曲も上手く歌いこなせるのだろうと思います。

しかしながら、その後中山千夏や「話の特集」の矢崎泰久のような妙な連中と付き合い始め、私風に言うならグレてしまい、訳分からん左翼的言辞を弄する迄になってしまいました。(民進党の辻本清美を見ると中山千夏を思い出すのは私だけ?)本人の主義主張は自由ですし、デビュー後、前と全然違う形の歌手に変化した人も沢山います。しかし、自分としてはいつまでも、あの感じで歌い続けて欲しいと思ってました。

最近は京都にお住いのようで、そのせいか枯淡の境地に近いものがあり、静かに音楽活動を続けられているようです。京都でライブがあれば、是非見に行きたいものであります。

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彼女は最初からこの夏だけの事にしたかったんです。でも若い彼氏は夢中になってしまいました。秋になれば忙しくなるんだと言っても諦めてくれそうにもありません。なんたって薄く残った水着の跡はたまりませんものねえ。でも彼女の信念に揺らぎはありません。遂に言ってしまいました「ねぇ、分るでしょう?」

最近は説明過多の歌詞が多いですが、これくらいだと色々妄想が膨らみます。また、バックのトロンボーンのアレンジも素晴らしく、初秋の感じが出ている気がします。

お嫁にゆけないわたし/三浦弘とアローシックス

「不倫は文化」で有名な石田純一氏が週刊新潮8月10日号に「迷言誕生から20年余!『不倫は文化』の検証ガイド」と題して寄稿されました。この名言は1996年長谷川理恵との不倫がフォーカス誌にバレた時、ゴルフ場で記者に追いかけられ「…でも、不倫を完全に否定してしまったら、世界からどれだけの芸術が無くなってしまうと思いますか。不倫という恋愛から生まれる音楽や文学もあるじゃなですか。苦しみや葛藤から生まれる文化もあるんです。云々」等と答えたそうです。これをスポニチが「何が悪い、不倫は文化!石田純一」と見出しに書き、ここから「不倫は文化」だけが独り歩きしてしまったと述べています。

次に「不倫から生まれた芸術や文化は、実に多彩なのです。」として、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」、1950年の映画「イヴの総て」、中上健次の「枯木灘」等が紹介され、特にワーグナーについては「さて、ここからが大事ですが、ワーグナーがこういう作品を創ることができたのは、自分自身も運命的な出会いに身を委ねていたからに違いありません。」としてワーグナー自身の女性(人妻)遍歴が詳しく書かれています。その他、と不倫から文化となった種々の例を挙げています。

次に【不倫の魔力を糧に】という見出しの下「…それでも、こと芸術についていえば、不倫の魔力は強力なパワーやインスピレーションになる。不倫は背後に破滅的なものを背負っているがゆえに、決してほめられませんが、不倫を糧に生まれた作品が、100年、200年たったいまも、ロダンやクローデルの彫刻のように、僕たちに感動を与えてくれているのも事実なのです。」と本論を結んでいます。

最近は不倫報道が盛んで、またか、と思う反面興味津々ですが、餌食となった人は不運ですねぇ。私同様、石田氏と同意見であっても、周囲の顔色を伺いつつ本人を叩く評論家、コメンテーターという構図は見飽きた感があります。石田純一氏におかれましては、より深い「不倫と文化」に関する論考を上梓される事を期待しております。

という訳で不倫ソングですが、改めて見直すと不倫の歌多いですね。もっとも二人が出会って愛し愛され、目出度くゴールイン、今の私たちトッテモ幸せ!なんて歌作っても面白くも何ともないのも事実。やはり、少しは暗く悲しい面がないと入り込めないのかもしれません。

三浦弘とハニーシックスの「お嫁にゆけないわたし」は相手に妻子がある故、お嫁にゆけない、という当たり前の話ですが、既にムード歌謡が絶滅危惧種になった今、白いスーツにエナメルの靴、中条きよしみたいに結び目の太いネクタイで決めたグループがとても懐かしく思えてきます。「不倫と文化」に加え、ムード歌謡も研究してみる価値がありそうです。

デンジャラス/桐野夏生著

谷崎潤一郎の「細雪」は鶴子、幸子、雪子、妙子の4姉妹の物語である。時代は昭和11年から16年。その後の谷崎と周りの女たちを谷崎の三人目の妻である松子の妹の重子が語る。

松子は「春琴抄」のモデルであり「細雪」の幸子のモデルでもある。重子は縁遠かった雪子のモデルである。谷崎文学のモデルになったことを誇りに思い、特に重子は谷崎から言い寄られたこともあり、二人は谷崎の寵愛を欲していた。

重子はかなり年上(43歳)であるが生活力の無い田邉弘と結婚する。冒頭に重子がベットに座る男が弘と認識できず、キャっと叫ぶ場面がある。弘は総入歯で、入歯を外した顔が別人に見えたようだ。その後色々あったが死別した。(映画(1983)の吉永小百合と江本孟紀とは全くイメージが違う)田邊の死後、子供のいなかった重子は松子の前夫の息子、清一を養子に迎えた。

時は昭和26年となり、既に谷崎の「細雪」は高い評価を受けていた。下鴨神社の糺の森に隣接する「後の潺湲亭」には、谷崎、松子、重子、清一と嫁の千萬子、松子の前夫の娘、美恵子と女中が住んでいた。云わば谷崎と彼を取巻く女たちの谷崎王国であり、松子が家事を差配していた。ところが千萬子が来て以来、松子の自信は21歳の若妻に脅かされ、それは重子も同じだった。

その後の「鍵」は千萬子がモデルは無いかと疑われる。また谷崎が千萬子に入れあげ頻繁に手紙をやり取りしている事を知り、谷崎の手紙の反古を盗み見ると金銭を与えるまでになっている。松子と重子の焦燥感は更に募り、重子は酒に溺れていく。「瘋癲老人日記」のモデルも千萬子か?

谷崎はリューマチで右手が効かなくなり原稿は口述筆記していたが千萬子への手紙だけは毎日のように自筆で書き、女中に速達で出させる。谷崎は転居を繰返したが例え離れていても頭の中には千萬子しかいなかったようだ。千萬子と示し合わせ、家人に見え透いた嘘をついて上京したり、既に健康とは言えない体でありながら、情熱は失せていない。

そんな谷崎に業を煮やした重子は、松子と私を取るか、それとも千萬子を取るかと病床の谷崎に迫り、えっと驚くラストシーンになる。この物語はフィクションであるが、ラストシーンを含め、ひょっとしてこんな事があったのかなあ、と思わせるリアリティを感じる。

ジャマイカ・ムーン/ミルキィ・ウェイ

 この曲はニック・デカロが作曲した”Under The Jamaican Moon”のカバーで彼の”Italian Graffiti”というアルバムの一曲です。このアルバムがAOR (Adult Oriended Rock) の元祖とか言う人がいますが、どうなんでしょう。私個人的にはオリジナルよりこっちのカバーの方が出来が良いと思ってます。ミルキィ・ウェイというのは信田一男(kyd,vo)と松下誠(g,vo)という二人の有能なスタジオ・ミュージシャンが作ったバンド(?)でアルバムはこの”SUMMER TIME LOVE SONG”一枚限りです。この曲以外にもパーシーフェイスでお馴染みの「夏の日の恋」アントニオカルロスジョビンの「波」ナベサダが作曲し出門英が歌った「白い波」等全9曲、選曲も素晴らしい。

全般的に爽快感のあるコーラスまたは斉唱で、この夏の暑さに閉口している諸兄にはお勧めです。木陰でビールでも飲みながら昼寝するのにピッタリぢゃないでしょうか。 ジャケットは浅田慎平撮影だそうですが、真夏にゴロワーズというのは何だか暑苦しい感じがするのは私だけ?

もし文豪たちがカップ焼そばの作り方を書いたら/神田桂一、菊池良著

著者は文豪がカップ焼そばの作り方を書いたらどうなるか?というテーマで幾多の文体模写をツィッターで公開していた。これが面白いという事になり、本書に纏められた。書いてある事は只、ひたすらカップ焼そばの作り方のみ。出てくる文豪は、夏目漱石、川端康成、三島由紀夫、菊池寛、芥川竜之介から相田みつお、又吉直樹等々多彩である。また、週刊文春、読売新聞編集手帳等もあり、他には自分の知らない作家もいる。全般的に良く出来ていて、かなり笑える部分もある。(余談ですが、この本の腰巻の出来は今市としか言いようがないですね。)

論より証拠、本書のトップバッターである村上春樹を引用してみる。
  
   「1973年のカップ焼そば」

きみがカップ焼そばを作ろうとしている事実について、僕は何も興味を持っていないし、何かを言う権利もない。エレベーターの階数表示を眺めるように、ただ見ているだけだ。

勝手に液体ソースとかやくを取り出しせばいいし、容器にお湯を入れて五分待てばいい。その間、きみが何をしようと自由だ。少なくとも、何もしない時間がそこに存在している。好むと好まざるとにかかわらず。

読みかけの本を開いてもいいし、買ったばかりのレコードを聞いてもいい。同居人の退屈な話に耳を傾けてたっていい。それも悪くない選択だ。結局のところ、五分待てばいいのだ。それ以上でもそれ以下でもない。
        
 ただ一つだけ確実に言えることがある。
        
完璧な湯切りは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。
 
こんな感じで次々に色んな人の文体模写が繰り広げられる。芸はまず真似る事から始まると言われるが、これだけの模写が出来るのは大したもんだと思う。そこで、読んでいるだけでは面白くないので自分でも作ってみた。もし古今亭志ん生がカップ焼そばの作り方を喋ったら。
 

「カップ焼そば指南」

エェ~江戸っ子てぇものは蕎麦をしょっちゅう食ってたんですな。なんたって、そば清なんて人がいたぐらいですからな。

エ~、江戸が御一新となって、食い物も文明開化てぇんで、カップ焼そばなんてぇものが出きたらしい。なんでも喰う前にこの周りに被ってる紙みてえなものを破くてえんですよ。エエ、破くくらいなら、最初から被せなきゃ良いだろう。(小笑)

おーい、急いで湯沸かしてくれ
何だねぇ藪から棒に、やいやいお言いでないよ、そんなにすぐにゃ沸きゃあしないよ。
なんだと、急いでっていうのは早いてぇ事を言うんだ。とろとろ、とろとろしやがって、お前の耳は逆についてるのかあよお。(笑)

湯が沸いたらこの中に入れるってえんだが、おやおや、中にかやくとスープなんてものが入ってるよ。かやくったって二〇三高地を取るってえ時に火を付けてドカンとやった奴ぢゃあないよ。(笑)江戸っ子なら具と言えてぇンだよ。これを外に出して、それから湯を入れろって、なんだいこりゃ、最初から出しときゃいいだろう、エ~。(小笑)

それから、どうしろってんだ、エー、中の干乾びた麵に湯を掛けて五分待てだとさ。
ア~五分たあ、何時だ。
おーい、爺さんが大事にしてた和時計、大急ぎで出して来てくれよう。
そんなもん、どこにあるか知りゃあしないよ。
なにい、お前喰っちまったんだろ。ほんとにお前は替り目の女房みてえだな。(笑)
馬鹿お言いでないよ、そんなもん喰えるかい。

さあてと、湯を入れて、まあ、五分経ったとしよう。
エ~それから、湯切りぃ、湯切りってなんだよお。湯を切るのかよ。(小笑)
何言ってんだい、中の湯だけ捨てりゃあいいんだよ。
なんだとお、捨てるう、折角沸かした湯を捨てンのかよ。(笑)
お前さん何にも知らないんだねぇ、 後は全部混ぜて食やあ良いんだよ。
エェ何だよう、焼そばっつうのに、肝心の焼きがねえぢゃねえか、どうなってるんだよう。(小笑)
お前さん、それが文明開化つぅもんだよ、分かったかい。

おいと呼びやいと答えて五十年。これが本当のやいおい(相生)の松。(シーン)

 

煌/志村節子著

 新刊書はその下部に帯がついている。これを昔は(今も?)腰巻と呼んでいた。腰巻は勿論販売促進ツールであって、読者の目を惹く惹句、写真、イラストが散りばめられている。売行きによって、重版の際に腰巻を変える事もある。昔「面白半分」という雑誌が「日本腰巻文学大賞」を主催していた。(もっとも、洋書には腰巻はないので日本と態々名乗る必要もないが)我が国固有の文化として再開して貰いたいものである。本書は表紙絵と腰巻が上手く調和しており、腰巻付きの写真にしてみた。

本書には六編の書き下ろし短編がある。作者は江戸時代の情緒をテーマを決めて連作するのが得意のようで、煌(きらり)では、光と音、花火をテーマにして遊女、船問屋、紙問屋、簪職人、花火師、旅駕籠屋、それぞれの人間模様を描いている。

面白いのは夫々の短編に年号が決められており、その時代を調べてみると、地震や飢餓或いは大火事であったりと、その時代の出来事を背景にして物語が進んでいく。当時は大川(隅田川)の川開きが有名で、その花火職人が出てくる一遍もあるが、作者は愛知県豊橋、吉田神社の紅蓮の如く燃え盛る手筒花火に登場人物の熱い心情を投影しているようである。
全六篇、三遊亭圓朝作人情話の抜き読みを聞いているような錯覚を覚えた。

春画で学ぶ江戸かな入門/車浮代・吉田豊著

江戸の春画を意識し始めたのは田中優子法政大学長の著作を読んだのが切っ掛けでした。その後永青文庫で春画展が開かれ、色々な画集等も発行され巷では春画ブームの様相を呈しており、自分もその渦中にいるようです。

田中先生の本には江戸の風俗と春画の書かれた背景とが丁寧に解説されており、少々美化しすぎの感もありますが、色々と勉強になりました。

しかしながら、春画の中に細かい字でくだくだと書かれている詞書(かな文字)についての説明は殆どありません。

そこに何が書いてあるか知りたいのは人情ではありますが、勘を働かせても類推しても到底読めず、どうせ大した事書いてないよ、とか思いつつも何か気になっておりました。そんな私の心情を見透かしたかのように本書が発行され、これは読まないわけにはいかないでしょう。流石幻冬舎。

著者によれば「享保七年(1722)八代将軍・徳川吉宗が『享保の改革』の一環として『好色本禁止令』を発布して以降、春画および春本は秘密裡に売買されるようになりました。公に販売される印刷物は検閲を通さなければならなくなり、題材や色数などが制限されてしまいましたが、裏で売られる春画は検閲を通さないので、贅沢のし放題。どれほど重ねても、金・銀・雲母(きら)などの高価な材料を使っても、エンボス加工(型押し)や仕掛け(細工)をしてもお構いなしです。」
よって結論として
「現代ではエロティックな商業印刷物は低俗と見られがちですが、春画は逆です。浮世絵芸術の頂点に君臨していたのが春画で、精巧な根付けなどと同じく、持っていることがステイタスで、自慢の種でもありました。」
木版画である浮世絵技術の粋を集めた春画が浮世絵の頂点である、という事らしいです。そしてこの本を読めば浮世絵の頂点たる春画の詞書が読めるようになるんです。

春画に限らず江戸かなを読むにはまず基本の八文字を覚える事。これが出来れば八割は読めるそうです。これを筆者は「八文字呪文」と呼んでいます。テーマが春画なので、これを並べ替えて
「は た か に わ け す れ」(裸にわ毛擦れ、と覚える)
これを覚えたら次にレベルアップの八文字呪文として
「を す き は つ の ほ り」(を好き初登り、と覚える)
これもマスターすれば9割方は読めるようになるそうです。

この八文字を基本に実際の春画の詞書が解説されています。成程、裸にわ毛擦れ、が分かるだけでも随分読めるものだと感心します。逆にいうと筆が滑ってちょっと曲がったようにしか見えない線もちゃんとかな文字だったんです。

本書には付録としてちょっと大型の栞が付いており、これの片面に、裸にわ毛擦れ、裏面に、を好き初登り、が印刷してあり、私の場合は、この栞をカンニングしながらなんとか着いていくという感じでした。

勿論これ一冊読めばかな文字が全て読めるようになる訳ではありませんが、駄目だと思っていたのが不可能ではないと分かり、少々嬉しく感じた次第です。

 

BUTTER / 柚木麻子著

2009年に発覚した結婚詐欺及び3件の連続不審死事件で逮捕された木嶋佳苗(42)は4月14日最高裁判決により死刑が確定した。終始一貫犯行を否認しており状況証拠しかない為、判決に疑義を唱える向きもある。本書は犯人の名前を梶井真奈子とし、この事件を下敷きにしているがノン・フィクションでは無い。

梶井は中年男性から色仕掛で多額の金を巻き上げ、豪奢な暮し、特に美食を堪能していたようである。女性週刊誌記者の里佳(33)は、この事件に興味を持ち拘置所で面会するため梶井へ何度も手紙を書くが拒否される。大学同期で現在は退職し、妊活に励む怜子(33)の家を訪問した際、美食の話、レシピの話に持ち込めば興味を示すかも、との助言を受け面会に成功する。

梶井はマーガリンを忌嫌い、バターに対する思い入れを縷々述べる。炊立てのご飯に有塩のエシレバターを乗せ、醤油を一たらし。バターが溶ける前に掻きこむバター・醤油ご飯の旨さ。恵比寿のロブション、新宿靖国通りのラーメン屋(ホープ軒?)。里佳は梶井に言われるままに追体験していく。こうして梶井への取材を重ねるうち、里佳は欲望に忠実な梶井の言動に振り回されるようになっていく。

30人以上と言われる詐欺の被害者達はなぜ美人でもなく(被害者は一様にブスと言う)ポッチャリ型の梶井に騙されるのか?一回一万五千円のセレブ料理教室に通い、高級食材を潤沢に使って振舞う数々の料理で男の気を引く。そして自画自賛の性技。これら食欲、性欲そして金銭欲が絡み合ってグルグル廻り、ちびくろサンボ状態になる。それが溶けて遂にバターとなる。

物語はその後、里佳と梶井の心理戦が続くかと思いきや、意外に大きい振れ幅があり、怜子の意外な動きと相まって最後まで気が抜けない。里佳は遂に取材とインタビューを纏め自社週刊誌に連載することができた。しかし梶井の支援者と思われる男が里佳を全否定する記事を他の雑誌に載せ、里佳は追われるように出版社の他部署に異動となる。最後までハラハラするストーリーとレシピや調理の詳細な描写が興味を引く。特に最後に里佳が10人前の七面鳥を焼く件りはかなりくどいが面白い。

木嶋佳苗は昨年3月60代の支援者と獄中結婚している。彼女は多分この支援者の手を借りてブログをアップしていたが、現在でも「木嶋佳苗の拘置所日記」を公開しており最新の記事「バターってなんやねん 2017年5月11日」では著者の柚木麻子を強烈に詰っている。この小説の続きを読んでいるような錯覚を覚えた。