大人のお作法/岩下尚史著

TOKYO MX TVで平日午後5時からの「5時に夢中」は今年で13年目に突入し、これまでミッツ・マングローブやマツコ・デラックスを世に送り出し、オネエブームの一翼を担って来ました。連日かなり濃いキャラクタの方々が出演されますが、最近一番面白いのはハコちゃんこと、岩下尚史氏であす。

ハコちゃんの最新刊は若手編集者の質問に答えるという体裁です。いつも「ウッスラ不機嫌」なハコちゃんらしく、若造を甘やかすこと無く、自論を展開しています。

編集者の質問は他愛ないもので、料亭に行ってみたい、寿司を喰う作法、歌舞伎の見方、宴席の張り方等々。まず、昨今の食通、グルメブームには辟易としており、寿司なんてものは出てきたものをサッと喰ってサッと出てくれば良いのだ、ネタの順番なんて自分の好きなように注文すれば良い、等とあっさり料理しています。

しかし、歌舞伎に関しては流石に深い。発言を拾ってみると
「しかし、とりわけかぶき芝居は、贔屓役者と交際し、幕内の事情に通じなければ、そのほんとうの妙味はわからない」
そして必ず祝儀や心づけを切る。
「しかし、男が独りで芝居見物というのは傍から見ても寒々しく、なんだか色気がないのでねぇ」
「『わたくしは伝統芸能が好きで』などと、しおらしい言い立てをしながら、世間の目褄を掻い潜り、本当のところは役者の色気に惹かれ、悩ましい思いで劇場に通う婦人客こそ、かぶき芝居の見物の本格に違いありません」
「だいたい貴方、かぶき芝居というのは新劇や現代演劇と違い、ぞっこん惚れぬいた役者を見に行くものだったんです。(中略)今の客だって本当のところはそうなんでしょうが、昔の芸者衆や奥様たちのように芸の素養がありませんから分かりませんし、まして『わたしゃ、あの役者をみると買ってみたくなるわ』なんてことは言いにくい」

それに加え観客もある程度踊りや三味線、小唄程度の経験が無いと舞台は完全に理解できない。そして、それら芸や作法の淵源は茶の湯であるらしい。要するに、観客と演者の境界が曖昧なんだと。

後半で昭和21年に発表された桑原武夫の「第二芸術」に言及しています。私は寡聞にして知りませんでしたが、第二芸術論というのは一口で言えば、西洋のものは芸術であるが、日本の伝統的な芸能は単なる芸事であって、西洋より劣る。特に俳諧などというもは誠に低劣なものであるという論のようです。

オペラ座のような劇場で青筋立てて声張り上げるのは玄人のみが出来る技ですが、お座敷での小唄、端唄、或いは和歌俳諧、川柳、狂歌などは素人でもそれなりに楽しめる。すなわち玄人と素人の境界が曖昧であることが桑原先生はお気に召さなかったのでしょうか?ハコちゃんは第二芸術論については単に紹介するだけで是も非も述べていません。本音のところはどうなんでしょう?

そして結論は本書の幅広の腰巻にある通り、貯金なんでせこい事は考えず「大事なのは身銭を切ること」でした。

京都のおねだん/大野裕之著

最近京都を題材に採った書籍が色々でているが、これは最近でた本で、他の京都本のように京都独特の風俗・習慣を扱いながら、類書にあまり出てこないおねだんを詳らかにしている。

チャップリンが泊まったという、麩屋町御池の柊屋旅館のお値段とか、地蔵盆の時のお地蔵さんレンタル料とか具体的な値段が紹介されている。

しかし、京都のお値段として一番謎であり、一番知りたいのは舞妓・芸妓を揚げて遊んだ時のお値段であろう。

この謎を解明すべく筆者は自腹で取材を敢行。勿論一見では無理なので紹介者を探し、その人の縁で取材が実現した。事前にお茶屋に値段の探りを入れたが、紹介者による、とか、お茶屋によると思います、とかいう返答ばかりで要領を得ず。 

六時頃、筆者と紹介者が現場に到着すると程なくして舞妓さん、芸妓さん、地方さん(三味線)が到着し宴会スタート。仕出しの京懐石で水菓子までのフルコース。お酒もたらふく飲み、踊りやお遊びで、お開きは十二時。 後に送られてきた御祝儀込みの請求書の実物写真が載っている。

一応明細はあるが意味が良く分らず、女将に無理に頼んで説明して貰った。仔細に検討してみると、今回はかなり安く上がっているようで、これも紹介者のお陰だそうである。私としては値段の見こみも判然としない状況で突撃した筆者の勇気を讃えると共に本書の印税で取材費が回収されることを祈るのみである。

尚、今年一月に「京女の嘘」 井上章一著(PHP新書)というのが出ているが、これは看板に偽り有。本屋で最初の数頁だけ立読みして買うと後悔必至。