春画で学ぶ江戸かな入門/車浮代・吉田豊著

江戸の春画を意識し始めたのは田中優子法政大学長の著作を読んだのが切っ掛けでした。その後永青文庫で春画展が開かれ、色々な画集等も発行され巷では春画ブームの様相を呈しており、自分もその渦中にいるようです。

田中先生の本には江戸の風俗と春画の書かれた背景とが丁寧に解説されており、少々美化しすぎの感もありますが、色々と勉強になりました。

しかしながら、春画の中に細かい字でくだくだと書かれている詞書(かな文字)についての説明は殆どありません。

そこに何が書いてあるか知りたいのは人情ではありますが、勘を働かせても類推しても到底読めず、どうせ大した事書いてないよ、とか思いつつも何か気になっておりました。そんな私の心情を見透かしたかのように本書が発行され、これは読まないわけにはいかないでしょう。流石幻冬舎。

著者によれば「享保七年(1722)八代将軍・徳川吉宗が『享保の改革』の一環として『好色本禁止令』を発布して以降、春画および春本は秘密裡に売買されるようになりました。公に販売される印刷物は検閲を通さなければならなくなり、題材や色数などが制限されてしまいましたが、裏で売られる春画は検閲を通さないので、贅沢のし放題。どれほど重ねても、金・銀・雲母(きら)などの高価な材料を使っても、エンボス加工(型押し)や仕掛け(細工)をしてもお構いなしです。」
よって結論として
「現代ではエロティックな商業印刷物は低俗と見られがちですが、春画は逆です。浮世絵芸術の頂点に君臨していたのが春画で、精巧な根付けなどと同じく、持っていることがステイタスで、自慢の種でもありました。」
木版画である浮世絵技術の粋を集めた春画が浮世絵の頂点である、という事らしいです。そしてこの本を読めば浮世絵の頂点たる春画の詞書が読めるようになるんです。

春画に限らず江戸かなを読むにはまず基本の八文字を覚える事。これが出来れば八割は読めるそうです。これを筆者は「八文字呪文」と呼んでいます。テーマが春画なので、これを並べ替えて
「は た か に わ け す れ」(裸にわ毛擦れ、と覚える)
これを覚えたら次にレベルアップの八文字呪文として
「を す き は つ の ほ り」(を好き初登り、と覚える)
これもマスターすれば9割方は読めるようになるそうです。

この八文字を基本に実際の春画の詞書が解説されています。成程、裸にわ毛擦れ、が分かるだけでも随分読めるものだと感心します。逆にいうと筆が滑ってちょっと曲がったようにしか見えない線もちゃんとかな文字だったんです。

本書には付録としてちょっと大型の栞が付いており、これの片面に、裸にわ毛擦れ、裏面に、を好き初登り、が印刷してあり、私の場合は、この栞をカンニングしながらなんとか着いていくという感じでした。

勿論これ一冊読めばかな文字が全て読めるようになる訳ではありませんが、駄目だと思っていたのが不可能ではないと分かり、少々嬉しく感じた次第です。

 

BUTTER / 柚木麻子著

2009年に発覚した結婚詐欺及び3件の連続不審死事件で逮捕された木嶋佳苗(42)は4月14日最高裁判決により死刑が確定した。終始一貫犯行を否認しており状況証拠しかない為、判決に疑義を唱える向きもある。本書は犯人の名前を梶井真奈子とし、この事件を下敷きにしているがノン・フィクションでは無い。

梶井は中年男性から色仕掛で多額の金を巻き上げ、豪奢な暮し、特に美食を堪能していたようである。女性週刊誌記者の里佳(33)は、この事件に興味を持ち拘置所で面会するため梶井へ何度も手紙を書くが拒否される。大学同期で現在は退職し、妊活に励む怜子(33)の家を訪問した際、美食の話、レシピの話に持ち込めば興味を示すかも、との助言を受け面会に成功する。

梶井はマーガリンを忌嫌い、バターに対する思い入れを縷々述べる。炊立てのご飯に有塩のエシレバターを乗せ、醤油を一たらし。バターが溶ける前に掻きこむバター・醤油ご飯の旨さ。恵比寿のロブション、新宿靖国通りのラーメン屋(ホープ軒?)。里佳は梶井に言われるままに追体験していく。こうして梶井への取材を重ねるうち、里佳は欲望に忠実な梶井の言動に振り回されるようになっていく。

30人以上と言われる詐欺の被害者達はなぜ美人でもなく(被害者は一様にブスと言う)ポッチャリ型の梶井に騙されるのか?一回一万五千円のセレブ料理教室に通い、高級食材を潤沢に使って振舞う数々の料理で男の気を引く。そして自画自賛の性技。これら食欲、性欲そして金銭欲が絡み合ってグルグル廻り、ちびくろサンボ状態になる。それが溶けて遂にバターとなる。

物語はその後、里佳と梶井の心理戦が続くかと思いきや、意外に大きい振れ幅があり、怜子の意外な動きと相まって最後まで気が抜けない。里佳は遂に取材とインタビューを纏め自社週刊誌に連載することができた。しかし梶井の支援者と思われる男が里佳を全否定する記事を他の雑誌に載せ、里佳は追われるように出版社の他部署に異動となる。最後までハラハラするストーリーとレシピや調理の詳細な描写が興味を引く。特に最後に里佳が10人前の七面鳥を焼く件りはかなりくどいが面白い。

木嶋佳苗は昨年3月60代の支援者と獄中結婚している。彼女は多分この支援者の手を借りてブログをアップしていたが、現在でも「木嶋佳苗の拘置所日記」を公開しており最新の記事「バターってなんやねん 2017年5月11日」では著者の柚木麻子を強烈に詰っている。この小説の続きを読んでいるような錯覚を覚えた。

大人のお作法/岩下尚史著

TOKYO MX TVで平日午後5時からの「5時に夢中」は今年で13年目に突入し、これまでミッツ・マングローブやマツコ・デラックスを世に送り出し、オネエブームの一翼を担って来ました。連日かなり濃いキャラクタの方々が出演されますが、最近一番面白いのはハコちゃんこと、岩下尚史氏であす。

ハコちゃんの最新刊は若手編集者の質問に答えるという体裁です。いつも「ウッスラ不機嫌」なハコちゃんらしく、若造を甘やかすこと無く、自論を展開しています。

編集者の質問は他愛ないもので、料亭に行ってみたい、寿司を喰う作法、歌舞伎の見方、宴席の張り方等々。まず、昨今の食通、グルメブームには辟易としており、寿司なんてものは出てきたものをサッと喰ってサッと出てくれば良いのだ、ネタの順番なんて自分の好きなように注文すれば良い、等とあっさり料理しています。

しかし、歌舞伎に関しては流石に深い。発言を拾ってみると
「しかし、とりわけかぶき芝居は、贔屓役者と交際し、幕内の事情に通じなければ、そのほんとうの妙味はわからない」
そして必ず祝儀や心づけを切る。
「しかし、男が独りで芝居見物というのは傍から見ても寒々しく、なんだか色気がないのでねぇ」
「『わたくしは伝統芸能が好きで』などと、しおらしい言い立てをしながら、世間の目褄を掻い潜り、本当のところは役者の色気に惹かれ、悩ましい思いで劇場に通う婦人客こそ、かぶき芝居の見物の本格に違いありません」
「だいたい貴方、かぶき芝居というのは新劇や現代演劇と違い、ぞっこん惚れぬいた役者を見に行くものだったんです。(中略)今の客だって本当のところはそうなんでしょうが、昔の芸者衆や奥様たちのように芸の素養がありませんから分かりませんし、まして『わたしゃ、あの役者をみると買ってみたくなるわ』なんてことは言いにくい」

それに加え観客もある程度踊りや三味線、小唄程度の経験が無いと舞台は完全に理解できない。そして、それら芸や作法の淵源は茶の湯であるらしい。要するに、観客と演者の境界が曖昧なんだと。

後半で昭和21年に発表された桑原武夫の「第二芸術」に言及しています。私は寡聞にして知りませんでしたが、第二芸術論というのは一口で言えば、西洋のものは芸術であるが、日本の伝統的な芸能は単なる芸事であって、西洋より劣る。特に俳諧などというもは誠に低劣なものであるという論のようです。

オペラ座のような劇場で青筋立てて声張り上げるのは玄人のみが出来る技ですが、お座敷での小唄、端唄、或いは和歌俳諧、川柳、狂歌などは素人でもそれなりに楽しめる。すなわち玄人と素人の境界が曖昧であることが桑原先生はお気に召さなかったのでしょうか?ハコちゃんは第二芸術論については単に紹介するだけで是も非も述べていません。本音のところはどうなんでしょう?

そして結論は本書の幅広の腰巻にある通り、貯金なんでせこい事は考えず「大事なのは身銭を切ること」でした。

京都のおねだん/大野裕之著

最近京都を題材に採った書籍が色々でているが、これは最近でた本で、他の京都本のように京都独特の風俗・習慣を扱いながら、類書にあまり出てこないおねだんを詳らかにしている。

チャップリンが泊まったという、麩屋町御池の柊屋旅館のお値段とか、地蔵盆の時のお地蔵さんレンタル料とか具体的な値段が紹介されている。

しかし、京都のお値段として一番謎であり、一番知りたいのは舞妓・芸妓を揚げて遊んだ時のお値段であろう。

この謎を解明すべく筆者は自腹で取材を敢行。勿論一見では無理なので紹介者を探し、その人の縁で取材が実現した。事前にお茶屋に値段の探りを入れたが、紹介者による、とか、お茶屋によると思います、とかいう返答ばかりで要領を得ず。 

六時頃、筆者と紹介者が現場に到着すると程なくして舞妓さん、芸妓さん、地方さん(三味線)が到着し宴会スタート。仕出しの京懐石で水菓子までのフルコース。お酒もたらふく飲み、踊りやお遊びで、お開きは十二時。 後に送られてきた御祝儀込みの請求書の実物写真が載っている。

一応明細はあるが意味が良く分らず、女将に無理に頼んで説明して貰った。仔細に検討してみると、今回はかなり安く上がっているようで、これも紹介者のお陰だそうである。私としては値段の見こみも判然としない状況で突撃した筆者の勇気を讃えると共に本書の印税で取材費が回収されることを祈るのみである。

尚、今年一月に「京女の嘘」 井上章一著(PHP新書)というのが出ているが、これは看板に偽り有。本屋で最初の数頁だけ立読みして買うと後悔必至。