マイ遺品セレクション/みうらじゅん著

みうらじゅんと言えば漫画家、イラストレーター、フォークシンガーから始まり、いとうせいこうとの「見仏記」、「スライドショー」、安齋肇との「勝手に観光協会」 。その他、ゆるキャラ、マイブームと多岐に渡り訳分からん活動を続けています。それが嵩じてついには昨年夏 「第52回仏教伝道文化賞・沼田奨励賞」を受賞したそうです。この賞がどんなもので、どれ位マジなのか(失礼)分かりませんが、たいしたもんです。

この本は還暦を迎えたみうら氏がこれまでの収集品を新聞で公開しており、これを纏めたものです。全部で56種類の「トホホ」感溢れる 「マイ遺品」が紹介されていますが、新聞連載はまだ続いているところを見ると今後更に種類は増えそうです。メインは観光地や温泉の土産物屋で売っている、こんなの誰が買うんかしら、というような人形やペナント、また変軸と名付けている軸物、木彫り等です。またゴムで出来た蛇の玩具である「ゴムヘビ」の収集は彼しかいないでしょう。

新聞連載が元ネタなので、各収集品の白黒写真が載っています。カラーで品物がハッキリ見えるようにすれば良いとも思いますが、そうすると本が厚くなり、値段が上がるにも関わらず、そうやって一所懸命見るほどの物でもないので、これでヨシとしましょう。

これらの中で素晴らしいのは「アウトドア般若心経」。般若心経の278文字を街場の看板から見つけて撮った写真を張り合わせたもので、字によっては中々発見出来ず、完成に3年かかったそうです。タモリ倶楽部で紹介されましたが、これは努力と忍耐の賜物で仏様もさぞ喜んでおられることでしょう。また “Since” に目を付けたのは慧眼と言えます。創業何年という意味で、”since 1954″ とか商店の看板にあります。中には “since 2020” とか “since 320 などという楽しいシンスもありました。

彼は昨年「『ない仕事』の作り方」 という本を出し、かなり売れたようです。アマゾンの読者感想を見ると、人が目を付けないところをビジネスにしてしまう斬新な発想、等のビジネス本としての高評価が寄せられています。また、NHK BSで今月初に放映された「みうらじゅんの最後の講義」では学生や若い社会人に彼の今までの人生をスライドショーのような形で紹介し、聞いていたワカイシはかなり感動してる様子でした。しかし、私に言わせれば本にせよ最後の講義にせよ、要は単なる半笑いのネタであって感動するほどのものではありません。本人はハッキリとは言いませんが、彼の本心は分かります。ワカイシを騙すのは意外に簡単な事のようです。

It Might As Well Be Spring / Lura Fygi

タイトルの”It might as well be spring.”に上手い訳文が思いつきません。そのココロは「立春も過ぎたし、ちょっと無理がありそうだけど、まあ春だ、ちゅうことでいいぢゃね。」てゆう感じ。ちなみにネット検索してみると「まるで春みたい」というのがありました。上手い訳だと思います。訳者には申し訳ないが、これをパクります。それからもう一つ “spring fever” というのが出てきます。直訳すると「春熱」ですが、花粉症ではありません。(ちなみに花粉症は “hay fever” ) 辞書によると「春先のもの憂さ、落ち着かない気分(Weblio)」、「春先に感じる突然の活力感や新たな刺激への欲求 (Longman)」これから春になるという時のモヤモヤ、ムラムラした感情でしょうか? これも上手い訳が思いつかず不本意ながら「春の熱」としました。全体にこれから来る春への期待感、モヤモヤ感が上手く歌われています。ちょうど今頃の季節にピッタリです。

この歌は大御所であるRichard Rodgers(作詞)とOscar Hammerstein II(作曲)が映画 “State Fair” の為に書き下ろしたもので多くのカバーがあります。ローラ・フィジーのバージョンはこれから来る春へのモヤモヤ、ムラムラ感を軽く歌っているところに好感が持てます。 彼女はオランダの元ディスコ・クイーンでCenterfoldというグループで歌っていました。ソロになってから先日亡くなったミッシェ・ルグランやマイケル・フランクスらと共演しボサノバ基調の爽やかなアルバムを作っています。 ちなみに途中のハーモニカソロはトゥーツ・シールマンズ です。

I’m as restless as a willow in a windstorm
私は強い風のなかの柳のように落ち着かない
I’m as jumpy as a puppet on a string
私は操り人形のように跳ねている
I’d say that I had spring fever
私は春の熱にかかっているようだ
But I know it isn’t spring
でも私は春ぢゃないって知っている

I am starry eyed and vaguely discontented
私は夢見心地で何となく不機嫌
Like a nightingale without a song to sing
歌う歌が無いナイチンゲールのように
Oh why should I have spring fever
ああ、何故私は春の熱にかからなきゃならないの
When it isn’t even spring
まだ春でもない時に

I keep wishing I were someone else walking down a strange new street
私はずっと願ってる、誰か他の人になって見知らぬ新しい通りを歩けたら
And hearing words that I’ve never heard from a man I’ve yet to meet
そして、まだ会った事のない人から聞いた事の無い言葉を聞けたらって

I’m as busy as a spider spinning daydreams
私はまるで白昼夢の糸を紡ぐ蜘蛛のように忙しい
I’m as giddy as a baby on a swing
私はブランコに乗った赤ん坊のように目が回ってる
I haven’t seen a crocus or a rosebud or a robin on the wing
私はまだクロッカスもバラの蕾もコマドリが飛んでいるのも見ていない
But I feel so gay in a melancholy way
でも私は憂鬱なのにとっても陽気
That it might as well be spring
それは、まるで春みたい 
It might as well be spring
まるで春みたい


Centerfold時代のLaura Fygi

Blue Valentine / Tom Waits

バレンタイン・デーが近いので何か縁のある歌を探していたら、これを見つけた。最近邦楽ばかりだったので、久々に極私的洋楽解釈にしてみました。トム・ウェイツは以前ピーター・バラカンの番組で散々聞かされたんですが、内容が簡単でなく歌詞を見ないと理解できません。お聞きの通り、悲しいストーリーを酒で焼けたシワガレ声をふり絞り、訴えるように歌っています。彼はインタビューで「自分は聞く映画を作りたいと思っていた。(中略)ノンフィクションの世界に フィクションを持ち込みたい。」と語っている。”I used to think I was making movies for the ears – writing them, directing them, releasing them. Kind of making a fiction in a non-fiction world

彼女に酷いことをした。名前を変えてまで逃げ回っている。でも彼女は自分の居所を突き止め、ブルー・バレンタインを送ってくる。まるで逮捕状のようだ。それは忘れかけた夢のようであり、靴の中に入り込んだ小石のようでもある。俺の心は傷ついているが、未だ歩き回る自由はある。でもお前のブルーバレンタインは消し去れない罪を思い出させ、それを忘れるために痛飲する。そしてバレンタインデーが来るたびに俺は少しずつ死んでいく。

ブルー・バレンタインは悲しいとか寂しいバレンタインディのカードという意味だろうと思うのですが、適当な訳語を思いつかず、そのままにしました。訳はいつものように直訳調です。

She sends me blue valentines all the way from Philadelphia
わざわざフィラデルフィアから彼女はブルー・バレンタインを送ってくる
To mark the anniversary of someone that I used to be
昔、俺が馴染んだ誰かとの記念にするため
And it feels like a warrant is out for my arrest
そして、まるで俺の逮捕状が出ているみたいだ
Baby, you got me checkin’ in my rear view mirror
お前はバックミラーで俺をチェックしてた
That’s why I’m always on the run
だから、俺はいつも逃げ続けてる
That’s why I changed my name
だから俺は名前を変えたんだ
And I didn’t think you’d ever find me here
そしてお前がここで俺を見つけるだろうとは思ってもみなかった

To send me blue valentines like half forgotten dreams, like a pebble in my shoe as I walk these streets
半分忘れかけた夢のような、通りを歩いているとき靴の中に入り込んだ小石のように俺にブルーバレンタインを送る
And the ghost of your memory
お前の記憶の中の亡霊は
Baby, it’s the thistle in the kiss
お前、それは接吻の時のアザミの棘だ
It’s the burglar that can break a rose’s neck
それは薔薇の首を折る強盗だ
It’s the tatooed broken promise I gotta hide beneath my sleeve
それは俺が袖の下に隠している刺青入りの果たせなかった約束
I’m on a see you every time I turn my back
俺は振り返ると、いつもおまえを見る

Oh, you send me blue valentines though I try to remain at large
ああ、俺はいつも通り自由でいたいのに、お前はブルー・ヴァレンタインを送ってくる
They’re insisting that our love must have a eulogy
俺たちの愛は賞賛されるべきだと皆が言い張る
Why do I save all this madness here in the nightstand drawer
なぜ俺はこの全ての狂気をこのナイトスタンドの引出しまっているのか
There to haunt ‘pon my shoulders
俺を悩ますだけなのに
Baby, I know I’d be luckier to walk around everywhere I go with this blind and broken heart that sleeps beneath my lapel
ベイビー、俺の襟の下で眠っているこの盲目で傷ついた心と共にあちこち歩き回れるだけで運がいいことを俺は分かっている

Instead these blue valentines to remind me of my cardinal sin I can never wash the guilt
そのかわり、ブルー・ヴァレンタインは俺が洗い流す事のできない有罪の過失を思い出させてくれる
Or get these bloodstains off my hands and it takes a whole lot of whiskey to make these nightmares go away
或は、両手に付いた血痕を拭い去り、悪夢を追い払うため大量のウイスキーを飲む
And I cut my bleedin’ heart out every night
そして、毎晩ひどく痛めた心を切り刻む
And I’m gonna die just a little more on each St. Valentine’s day
そして、セント・ヴァレンタイン・デーが来るたびに少しずつ死んで行くのさ

Don’t you remember I promised
おまえに約束したことを憶えているかい
I would write (to) you
手紙を出すよ
These blue valentines
ブルーバレンタイン
Blue Valentine
ブルーバレンタイン

無駄な抵抗やめましょう/ちあきなおみ

最近小室圭さんの話題が多い。約400万円の借金問題を週刊女性にすっぱ抜かれ、秋篠宮ご夫妻は怒り心頭、婚約延期。良かれと思って発表した小室さんの釈明文に非難囂々。週刊新潮先週号によれば、小室圭さんの母上が天皇陛下への直訴を画策しているというトンデモスクープ。その記事の中見出しが「無駄な抵抗」

「無駄な抵抗」でふと思い出したのがこの歌。ちあき なおみは急に見なくなったので死んだのかと思ってたら、ご主人がお亡くなりになったのを期に引退されたようです。それ以降、山口百恵同様全くマスコミに姿を表していません。現役の時はヒット曲が色々ありましたが引退してから、返って非常に歌の上手い歌手という定評が定まったような感じがします。

作詞はなかにし礼。
 〽嘘をついても だめなのね
  へたなごまかし 効かないわ
  無駄な抵抗やめましょう

無駄な抵抗を止めろと言っているのかと思ったら、実は無駄な抵抗しているのは自分だというトホホ感溢れる歌詞。流石なかにし礼です。珍盤・奇盤のカテゴリに分類するのは申し訳ない気がしますが、やはり半笑いできます。

余談ですが「無駄な抵抗」の初出をヤフー知恵袋で調べると、あさま山荘事件の「無駄な抵抗を止めてすぐに出てこい」という警察から犯人への呼びかけであるという説がありました。そう言われるとそんな気がします。

トホホ度 ★★★☆
お笑い度 ★★★
意味不明度 ★★

ご笑納下さい/高田文夫著



高田文夫は現在70才の放送作家。これまで数々のお笑い番組を制作して来たが、オールナイト・ニッポンでビートたけしとのトークが爆笑を生み、放送作家がTVやラジオに出る先駆けとなった。日大落研出身で立川談志に入門し、立川藤志楼(トーシロー)襲名。CDが多数出ているが、談志によれば「月の家 圓鏡より上手い」。2012年4月心臓病で入院。7ヶ月の闘病の末復帰。復帰後毎週月、金、ニッポン放送のラジオビバリー昼ズで元気に喋っている。生放送なので何でも笑いにしてしまう弾丸トークに共演者がついて行けないこともしばしば。ラジコのタイムフリーで欠かさず聞いてますが前より面白くなった気がする。今が絶頂期という人がいるが確かにそうだ。

この本は高田文夫がこれまで小まめに記録してきた名言、迷言、都都逸、狂歌、川柳を纏めたもの。週刊文春に坪内祐三が書評を書いていたので一部引用する。

「迷言王は二人いる(中略)。『打つと見せかけてヒッティングだ』という言葉を引く。長嶋監督がランナー二・三塁で代打を呼び、耳元でささやいた言葉だ。そして、『文庫追記』にこうある。ジャイアンツのV旅行でハワイに向かった時、『ビーフorチキン?』とまず川上監督が聞かれ、『ビーフ』と答えて、続いて王が聞かれたら、『Me too』。そして『あなたは?』と聞かれた長嶋は、『Me three』。もう一人の王様はガッツ石松だ。まず『急ぎの時は、電車の先頭に乗る。』という言葉を引く。『世界の三大珍味です。トリュフ、フォアグラ、さぁあと一つは?』。『キャタピラ!』」

「(前略)今も元気な野末陳平の、『老後はキョウイクとキョウヨウ』というのは箴言だ。『キョウイクとキョウヨウ』というのは『教育』と『教養』ではない。『今日行くところ』と『今日の用事』という意味だ。たしかにこの二つがしっかりあればボケる事はないだろう。」<引用終わり>

なにしろ昭和から去年の末頃まで幅が広いので読者の年代によって受け方が違うと思う。以下に自分が面白いと思ったものをランダムに挙げてみる。

「シューマイの数だけグリンピースはある。」(若手漫才師)
これ、いつもの顔半分笑いでなく、何か内臓の奥からふつふつと来る。なぜ面白いのかと聞かれても答えられない。
「あそこが立っているのが主人です。」(三宅裕司夫人)
正しくは”あそこに”です。
「鳩がどいてくれません!」(ヒロシ)
ヒロシの本にサインしてもらった事があります。
「マネジャから電話で『今日の銀座の仕事はキャンセルです』と聞いた先代桂文治。銀座でキャンセルという名のキャバレーを探しまくった。」
先代文治のくりくりとした江戸のおじさん顔が思い出されます。
「世の中に 人のくるこそ うれしけれ とは言うものの お前ではなし」(内田百閒)
さすが百閒先生。言いにくいところをサラッと言ってしまうところが笑えます。
「言い訳を しているうちに 蕎麦がのび」(古今亭志ん生)
志ん生の川柳は沢山残ってますが、この句は情景が目に浮かぶようで、半笑い。
「ジョニーが来たなら伝えてよ、二次会庄やだと~」(若手芸人)
庄やで良くホッピーを飲みましたが、庄やは二次会というより一次会でしょう。
「犬も歩けば猫もあるく」(高田文夫)
さすがは高田先生。なんでもないところを笑いにしてしまう名人です。

この本は過去に出ていた同様の2冊を合冊し追記を加えたお徳用です。暇な時、半笑いしたい方にはお勧めです。

平成版 ひらけ!チューリップ〈デジパチ編〉/間寛平

無事年が明けて今年は平成31年。平成の御世も残すところ数ヶ月でお仕舞になります。
そこで、残り少ない平成にちなみ、題名に「平成」がついている歌をと思い、色々ありますが間寛平にしてみました。彼には「ひらけ!チューリップ」という昭和の名曲があり、これと平成版を比較すると面白いような気がした訳です。大雑把に言ってアナログの昭和、ディジタルの平成という感じが味わえます。

平成版では「もう一万円」と突っ込んでますが、昭和版では、もう「800円」使ってしまったという悲哀感が出ています。当時は100円で35球の遊びだったんですねぇ。昭和版には軍艦マーチに続いて店員さんの威勢の良いアナウンスが入ります。この独特の喋り方は誰が始めたかは分かりませんが、現在までも連綿とその伝統が引き継がれているようです。私事ですが学生時代、パチンコ屋のアナウンスと新宿24時5分発、高幡不動行き最終電車の車掌アナウンス声真似兼車内風景が持ちネタで、飲み会で結構受けてました。

歌としては昭和版の方が建付けが良いですが、平成版はB面扱いなので、致し方無い所でしょうか。評価は「お笑い度」が厳しめですが、まあこんなところでしょう。

トホホ度 ★★★☆
お笑い度 ★★★
意味不明度 ★★
ひらけ!チューリップ/間寛平(昭和オリジナル)

永遠のジャンゴ(サウンドトラック)/Le Rosenburg Trio

見逃していた「永遠のジャンゴ」をDVDで見た。ジャンゴ・ラインハルト(1910 – 1953)はロマ族(俗にジプシーと呼ばれている)の旅芸人の子として生まれた。幼年期にベルギーからパリへ移住し、10代からカフェやダンスホールでバンジョーやギターを弾いていた。1928年に初録音を行うが、この年、火事で左手の薬指と小指が動かなくなり、右足にも障害が残った。

ギター奏者として再起不能と思われたが、人差し指と中指の二本で弾くという革命的奏法を編み出しパリで大変な人気を博した。Youtubeで当時の彼を見ることができるが二本指でスイング感溢れる演奏を披露している。その後、米国のジャズに影響を受け、ジャズのスタンダードナンバーを演奏し始める。当時ギターは米国でも伴奏楽器と見なされておりソロを弾くことはなかった。しかしジャンゴの新しいソロ演奏が逆にジャズの本場に影響を与えた。

映画では第二次世界大戦下のパリに侵攻してきたドイツ軍により演奏が制限され、ジプシー狩りが始まった。ジャンゴ一家はスイスに亡命するためレマン湖畔に逃れるが、ここにもドイツ軍が押し寄せ、最後は家族もギターも捨て、雪のアルプスを越えて逃亡する。戦後パリに戻り、バイオリンのステファン・グラッペリとバンドを組み、素晴らしい作品を次々と生み出した。

ジャンゴは、気まぐれで、おしゃれで、パリの女性を惹きつけるオーラがあったらしい。ジャンゴ役のレダ・カテプはそんな雰囲気をよく再現している。演奏のシーンでは二本指奏法をきちんと真似て完璧であった。実際の演奏はローゼンバーグトリオが現在の技術でほぼ完璧に当時の演奏を再現している。この時代は未だLPの前のSPの時代で、音質が悪いのは致し方ない。CDを聞いて育ったワカイシには馴染みにくいかもしれないがローゼンバーグトリオの演奏を聴けばCD世代にもジャンゴの面白さが分かるような気がする。

私は昔ジャンゴのレコードをよく聞いていた時期があった。当時はジャズギターという分類の中のジャンゴという認識だったが、今改めて聞いてみると米国のジャズとは違うパリの音楽という気がする。酔漢と遊女の嬌声が響く、紫煙たなびくパリのカフェで演奏するジャンゴの姿が浮かんでくるようだ。

(1) Les-Yeux-Noirs (黒い瞳) (2) Nuages (雲)
(1) After You’ve Gone (2) It’s Only A Paper Moon (3) Djangology

文学はおいしい。/小山鉄郎著、ハルノ宵子画

時事通信の記者である小山氏が100の文学作品に登場する100種類の食べ物を引用、紹介し、それに伴う蘊蓄が披露されている。カツ丼、ラーメン、餃子、ウドン、お好み焼き、焼き鳥等々何でもあり。ハルノ宵子氏は吉本隆明の長女、吉本ばななの姉である。彼女は各食物の水彩画を描いている。食べ物の絵というのも難しいもので、見て如何にも旨そう、食べたい、と思うものもあれば、これ本当にそう?と言いたくなる画もある。

仮名垣魯文「安愚楽鍋」に登場する牛鍋の項では、肉食の歴史を開陳している。天武四年(675)天武天皇が肉食禁止令を発布。その後、約1,200年間日本人は肉を食べなかった(事になっている)。しかし、明治政府は富国強兵の一環として肉食による体位向上を目指し明治四年末に禁を解いた。その後日清、日露戦争の兵士に牛肉の缶詰(大和煮らしい)を大量に送ったため、東京では牛肉不足となり、豚肉を多く食するようになったそうだ。関西で肉じゃが、というと牛肉であるが、関東では豚肉になるのは、この影響かも知れない。

「ドナルド・キーン自伝」では三島由紀夫と伊勢海老を食べた件がある。昭和45年8月、毎年三島が家族と過ごす下田で料理屋に注文した5人前の伊勢海老を英国人ジャーナリストを含む3人で平らげ、さらに二人前を追加注文したという。晩餐はかなり盛り上がったのであろう。しかし、何かおかしいと感じたドナルド・キーンは翌日「何か悩んでいることがあるんだったら、話してくれませんか」と尋ねたが、三島は何も言わなかったという。三島はキーンに「豊穣の海」最終章を読んでくれと頼んだが、キーンは前章を読んでいないので、と断った。最後の作品を書き上げた三島は「あと残っているのは死ぬことだけだ」と話していたという。11月25日の割腹自殺の朝に原稿が編集者に渡されたが、実際にはその年8月には既に完成していた事になる。

この本に「全日本冷やし中華愛好会」人呼んで「全冷中」が出てきたのには少々驚いた。山下洋輔が「我々は何故我が国の冬季においては、かの冷やし中華を賞味できないのであるか?」と発したのが「全冷中」の始まりである。尚、本書では山下洋輔著「へらさけ犯科帳」が初出であるとしているがこれは誤り。全冷中には筒井康隆、奥成達、平岡正明、赤塚不二雄、タモリ、等の精鋭が結集し冷やし中華バビロニア起源説、具材の研究、特にナルトの渦巻きが冷やし中華と宇宙を結びつける云々意味不明の学説が多数発表された。昭和52年4月1日(エイプリルフール)に有楽町よみうりホールで「第一回冷やし中華祭り」が開催された。私は友人のT氏と共に新宿から歩いてこの祭りに参戦したことを思い出す。尚、この祭りについてはヒゲタ醤油勤務で山下洋輔の兄である山下啓義氏による詳細なレポートがあります。御用とお急ぎでない方はご覧になって下さい。あの時代のバカバカしさ、元気さがしっかり伝わってきます。

沢山の作家の食に関わる部分を抽出し、注釈と蘊蓄を加えた中々楽しい読み物でした。私が何度か読んだ志賀直哉の「小僧の神様」が取り上げられていたのは嬉しかったのですが、北大路魯山人、内田百閒或いは「食道楽」の村井弦斎が無かったのは少々残念でした。

阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし/阿佐ヶ谷姉妹著

今年のM1決勝戦はジャルジャルが印象に残ってます。国名を分割するという遊びで、例えば一方が「イン」と言えば相方がすかさず「ドネシア」と言う。「アル」と言えば「ゼンチン」と返す。たったこれだけの事なんですが、それを早くしつこくやるので、嵌りました。最近、こういう意味ない遊びは意外にありそうで無く、昔のタモリや山下洋輔らがやっていた「ソバヤ」のようなバカバカしさです。

M1のように腹を抱えて爆笑という笑いは嫌いではないんですが、最近は少々疲れます。理想は顔の半分で、ハハハと軽く半笑い、くらいが丁度良い感じになってきました。阿佐ヶ谷姉妹を見た事のある方はお分かりかと思いますが、彼女たちは私好みの半笑いを提供してくれます。

姉のエリコ(背の高い方)と妹のミホと言ってますが、実の姉妹ではありません。当初ご両人とも東京乾電池に在籍しており、その後コンビを組んで独立。この二人が阿佐ヶ谷の六畳一間のアパートに同居していた事から阿佐ヶ谷姉妹を名乗るようになったようです。昨年夏、なんとその六畳間にタモリ以下が乗り込み、タモリ倶楽部、阿佐ヶ谷姉妹編が放映されました。仲の良いご両人ですが、二人の六畳一間暮らしには、布団をどう敷くか、台所の整理整頓とか、色々と問題あるようです。また、ご近所付き合い、お互いに違うスーパーの好み等々が綴られています。また、二人の短編小説(妄想?)もあり、と色とりどりです。

この二人が遂に別居する事になりました。ミホさんが新しい布団(セミダブル)を買ってきたのでエリコさんが寝るスペース(陣地)が狭くなり、二人の間にあるコタツの足がエリコさんの布団に食い込んで、ますます寝床が狭くなったようです。新居は勿論阿佐ヶ谷で2DKか2LDKを探し歩いたんですが、良い物件が無い。しかし、隣の学生が引っ越したので、その部屋を借りてめでたく別居できました。

こんな調子で題名とおり、のほほんとした日常が綴られています。TVで言うと少々古いですが、室井滋、もたいまさこ、小林聡美が出ていた「やっぱり猫が好き」のようなテイストです。自分にとっては丁度良い箸休めでした。

木枯らしのクリスマス/島倉千代子・片岡鶴太郎

今年ももう師走。ホント早いよね~というお馴染みの会話が花咲く時期になりました。12月と言えばクリスマス。クリスマスソングは無数にありますが、片岡鶴太郎と島倉千代子という組合せは少々意外。ハッピーなクリスマスでなく少し哀しい演歌クリスマスという感じです。

作詞:秋元康、作曲:三木たかしのコンビで特に秋元康の歌詞が泣かせます。イブの夜遅く、シャッターの閉まった商店街の裏通り(阿佐ヶ谷パールセンター商店街の裏という感じ)を手をつないで歩く。「あなたの手が冷たいから」とポケットの中。スナックの有線から漏れ聞こえるジングルベル。「木枯らしよ これが 最後のイブに」と結んでますが、これからどうするんでしょう?色々想像させてくれます。

片岡鶴太郎は自信をもって歌っていますが、島倉千代子は繊弱で少し哀感をたたえた歌いぶりです。多額の借金を抱えながら、何とか生き抜いてきた自身の経験からくる技でしょうか。(少々髪の毛を切りすぎた)お千代さんが鶴太郎に頼り切っている感じのジャケ写が曲想と良くマッチしています。一応カテゴリーは「珍盤・奇盤」としましたが、良く聞いてみるとトホホ要素も、お笑い要素も無く、評価は白星一つとなりました。

トホホ度
お笑い度
意味不明度