あるヤクザの生涯/石原慎太郎著

読書のお時間

著者は本書の「長い後書き」の中で安藤組の思い出を書いている。最初は「安藤組の言わばエースともいえる、あの力道山が避けていたという、凶悪無頼という噂の花形敬との出会いだった。」著者が浅利慶太とあるバーで飲みながら安藤組の悪口を言っているとカウンターの隅でソフトを被って一人で飲んでいた花形敬に、俺の事か?とすごまれ、ブルって逃げた。花形は安藤組のシマである渋谷では有名人で野球が上手かった。巨人の星の花形満は安藤組の花形がモデルだと言う人もいるが真偽の程は定かではない。高田文夫は当時の渋谷で花形のノックを受けた事があると言っている。また、安藤組の若頭である西原健吾とは共にヨットに乗っている。今なら政治家がヤクザと飲んだ、写真を撮った、というだけで大騒ぎになるが、当時は鷹揚な時代であった。

大正15年生まれの安藤昇は15歳で感化院、18歳で多摩少年院に収監される。19歳の時に特攻隊を志願し予科練に入るも2ヶ月後に終戦。昭和21年法政大学に入学した。空手部の推薦が決まっており、答案には大きな〇を書いただけで合格した。しかし翌年退学。仲間と愚連隊を作り、この流れで興行会社を渋谷に設立した。その後組織暴力団「安藤組」を結成し暴れまわる。当時嫌われていた力道山を殺そうと仲間3人で自宅付近に潜伏していたが、力道山が危険を察知して帰宅せず、殺害できなかったという。昭和33年横井英樹の債務取り立てを請け負ったが、支払いに応じない横井の態度に激怒し、部下の千葉一弘に襲撃を命じた。主犯となった安藤は35日間の逃亡の末に逮捕される。

「警察の目をごまかして転々と放浪する経験はまたとないもので、俺の第3の人生とも言えそうな新しい張りがあった。中でも俺が愛した女たちの誠意は厄介な出来事の最中だけに身に染みて感じられ、今までのそれとは次元の異なる男とお女の繋がりを感じさせてくれた。とりわけ世間にすでに名の知れて通った、後に直木賞を受賞する作家の山口洋子や女優の嵯峨美智子などは指名手配された俺を匿ったことが知れれば致命的なことにもなったろうが。」山口洋子との経緯は「沢村忠に真空を飛ばせた男/細田昌志著」に詳しく書かれている。

昭和39年、出所した安藤は安藤組を解散する。「引退した後、ある週刊誌に載せた俺の自伝が映画化され、大当たりしたのがきっかけで心ならずも映画に俳優として出ることにもなった。これはいい実入りになったのでずるずる居座ったが、映画は所詮作り事で命を張っての緊張感がある訳でもなし誰かが言っていたが男子一生の仕事と思えもしなかった」昭和40年、松竹の「血と掟」で主演デビューその後数々のヤクザ映画に出演する。ギャラは破格の額を要求したらしいが、松竹はビビッて拒否できなかったようだ。

この本では安藤昇の一人称の形で過去を語っているが妻との出会いが面白い。通っていた京王商業のある代田橋駅でセーラー服、三つ編みの女子から生まれて初めてのラブレターを貰った。それには明日午後5時代田駅前の喫茶店でお待ちしております、とあった。随分大胆な娘だと思いながら会ってみると「聞けば父親がどこかの小学校の校長をしているという家庭の娘が、不良仲間で番長を張っているこの俺に、何の弾みでどんな興味を抱いて近付いてきたのかさっぱりわからなかった。」しかし、周りの仲間にはあの娘には一切手を出すなと言い渡した。蛇足ではあるが、京王商業という学校を調べてみると早稲田商業学校の一部が昭和21年、京王商業に改名したという記録があり、時期もあうので、多分これの事であろう。よってその後予科練に志願した事になる。予科練では久里浜海岸で特攻の訓練(爆弾を抱えて潜り、敵艦に体当たりする)を受けていた時この娘がおはぎをもって面会に来た。安藤が特攻隊に入ったという噂を聞いて、もう会えなくなると思って来たという。

その後法政大学で空手部主将となったが、当時の空手、柔道、応援団等は学生というよりも会社やダンスホール、キャバレーに出入りする用心棒でもあった。その頃、彼女はどういう伝を辿ってか安藤の前に現れた。「その時、俺が感じたことは、戦争の後の今までのとても平穏とはいえぬ経緯の中で、この自分はなんとか生き延びてきたなという実感だった。それはこの俺が今まで味わったことのない、生き甲斐のような心の弾むような気負った実感だった。その後、俺はそれまで続いていた手あたりしだいの女道楽を控え、一途に彼女に仕えたものだ。」

平成29年3月、豊洲市場の移転問題を検証する都議会の調査特別委員会(百条委員会)で石原慎太郎元都知事(84)の証人喚問が行われた。私はこの委員会を生で見ていたが、歩き方はよぼよぼで元気が無く、脳梗塞を患ったため漢字は勿論の事「平仮名さえ忘れました」と告白した。しかし、平成28年の「天才」以降本書も含めて6~7冊上梓しており、百条委員会の発言で騙されたという感じがした。その反面まだ元気で良かったとも思い、昔のような直球の毒舌を聞きたいものだと感じた次第である。