邦人奪還/伊藤祐靖著

読書のお時間

この本は随分売れているらしい。書評も幾つか出ている。読んだ人は一様に面白いと言う。徹夜で読んでしまったというキャスターもいた。(私はどんなに面白い本でも眠くなるので夜通し本を読んだという経験はありませんが。)

著者は日体大から海上自衛隊、防衛大学校教官等を経て、自衛隊初の特殊部隊である海上自衛隊「特別警備隊」を立上げた一人である。ストーリーはタイトル通り、尖閣諸島の防護や、北朝鮮拉致被害者の奪還における特別警備隊の活躍が描かれている。面白いのは映画「シン・ゴジラ」にあったような制服組と背広組、官邸と各省庁の確執がより細かく描写され、なるほど非常時でもこんな事になるんだろうなあ、と妙に納得しリアリティを感じた。

自衛隊の組織や隊員の日常、潜水艦の設備、運用、特別警備隊の装備、活動、そして作戦まで実に細かく描写されており、ここまで書いちゃっていいのかしらと思わせる程である。また、北朝鮮での作戦となればアメリカとの関係も無視できない。そこに北朝鮮でクーデタが発生し、拉致被害者が非常に危険な状態となったため、米軍と協力し、奪還作戦を実行する。しかし100%作戦通り、予定通りとは行かず、ハラハラドキドキの展開となる。特に現場で想定外の状況となり、作戦変更のための指揮権を現場に任せるか、日本に報告して指示を仰ぐかという、自衛官として現場を知っている著者からの問題提起のような場面も緊迫感がある。

海外在住邦人を自衛隊が救出する事は憲法の制約もあり、平成19年までは自衛隊の任務になっていなかった。例えば昭和60年、イラン・イラク戦争で双方が激しく爆撃する事態となった際、各国が自国民救出のため、エアロフロート、エール・フランス、ルフトハンザ機等々を現地に派遣した。当時テヘランに居た邦人はエアロフロート機の搭乗券を持っていたが、空港でロシア人を優先され(当然か)搭乗できなかった。日本からは日航機が救援に向かう予定であったが、外務省の怠慢により決断が遅れ、救援機は飛ばず終い。ところがトルコ政府は現地の危険も顧みず、機長、客室乗務員、整備員の決死の努力でトルコ航空機を派遣し、約260人を救出した。トルコ政府は明治23年、オスマン帝国の軍艦エルトゥールル号が和歌山県串本沖で遭難した際の現地住民の必死の救助活動に恩義を感じており、これが遠因となってトルコ政府はトルコ航空機派遣を決断した。

平成19年、邦人輸送は自衛隊の本来任務となった。自衛隊機である政府専用機による初の邦人輸送は、平成25 年1 月のアルジェリア邦人テロ事件での被害者の輸送と平成28年7 月のバングラデシュ・ダッカにおけるレストラン襲撃事件で実施されたに過ぎない。最近では武漢ウィルスにより武漢がロックダウンされ、邦人が帰国できない状態となったため政府専用機の派遣を中国政府に申請した。(邦人救出のため、輸送機を派遣するには相手国の承認が必要であり、それなしで派遣した場合には軍事侵攻と看做される恐れがある。)しかし中国は政府専用機は自衛隊機であるとの理由で申請を却下した。このため、政府、外務省が調整し、民間機を武漢に派遣することにより邦人を無事救出する事ができた。おそらく邦人救出が日本政府の手だけで完結したのはこれが初めてであろう。

現在では自衛隊が邦人を国外の陸上輸送によって救出する事も可能となり、活動の幅は広がりつつある。しかし、朝鮮半島有事発生の場合は約6 万人もの韓国在留邦人の救出が行う必要があり、在外邦人の救出および輸送をめぐる検討は、まだ十分とは言えない。

本書は、このように困難な邦人救出あるいは奪還のために過酷な訓練を受け、重大な使命を帯びた隊員の命がけの決意、行動が伺える非常に興味深いシュミレーションであった。但し、最後に出てきた日米間での軽いオチのような事件はどうだったかな、という感じがあります。蛇足ですが、腰巻の最初に私の嫌いな石破茂の名前が大きく書かれています。次版からは削除してもらいたいものであります。