谷崎潤一郎 性慾と文学/千葉俊二著

読書のお時間

私が谷崎潤一郎を意識したのは高校生の時分、「耽美」という言葉を見て、何かこれが妖しい光を発しているような気がした。加えて微かな腐臭も感じた。何という豊かな感受性。

著者の後書きから引用。「2017年6月、決定版『谷崎潤一郎全集』全26巻が完結した。創作ノートなどの資料もすべて公開されていて、もはや存在することが知られながら未発表のままになっている谷崎関係の資料は何も残されていない。やっと谷崎文学をトータルに論ずることができる環境が十全に整ったと言える。(中略)それらをとりまとめるかたちで私が理解したところの谷崎文学について、コンパクトに論じた小さな本を作りたいと考えていた。今回、新書というかたちでそうした機会が与えられたことをとてもうれしく思っている。」

谷崎潤一郎は明治19年、日本橋蛎殻町で生まれた。学校では神童と呼ばれ、一高、東大と進学した、と型通りの紹介があるが類書と違うのは、当時彼が何を読んだかが丁寧に記録されている。最も影響を受けたのは明治34年(谷崎15歳)に雑誌「太陽」に掲載された高山樗牛の「美的生活を論ず」。以下引用「『幸福とはなんぞや、吾人の信ずる所を以って見れば本能の満足即ち是のみ。本能とは何ぞや、人性本然の要求是也。人性本然の要求を満足せしむるもの、茲(ここ)に是を美的生活と云ふ。』しかも『人生の至楽は畢竟(ひっきょう)性慾の満足に存する』というのだから、当時の言論界は賛否両論が入り混じって沸騰し、大論争へと発展した。」これは明治35年に没したニーチェと共に語られたようで、谷崎は影響を受けたが、その時点で全面的に「美的生活」に賛意を表していたわけではなかったようだ。

それが中学4年(17歳)の時に書いた「文藝と道徳主義」では高山樗牛に同情的である。ながながと荘子を引用した後、「そして『何ぞニイチエ一派の本能主義』と相酷似せるの甚だしき、吾人茲に至って快哉を叫ばざるを得ず」という。ここにいう『ニイチエ一派の本能主義』とは、高山樗牛のいう『本能の満足』を希求する『美的生活』の謂いである。」
処女作と言われる「刺青」に見られるように、これが谷崎の追求するところになったようだ。これらに続く、初期の作品は「潤一郎ラビリンス」に纏められている。

マゾヒズムについて。「出発期の谷崎にヴァイニンガー以上に大きなインパクトを与えたのは、何といってもクラフト・エビングだった。谷崎が正面切ってマゾヒズムを取り上げた『饒太郎(じょうたろう)』(大正3年)に、大学一年の折にクラウト・エビングの著書を読んだときの主人公の『驚愕と喜悦と昂奮(こうふん)』とが語られている。」これは小説中の人物の告白であるが、谷崎自身の体験とみなしてよいだろう。「『彼は自分と同じ人間の手になる書籍と云ふ物から、これ程恐ろしい、これ程力強いショックを受けたのは実はその時が始めであった。彼はペエジを繰りながら読んで行くうちに激しい身震ひが体中に瀰漫(びまん)するのを禁じ得なかった。何と云ふ物凄い、不気味な事であろう!さうして又、何となつかしい事であらう!この書籍の教へる所に依れば、彼が今迄胸底深く隠しに隠して居た秘密な快楽を彼と同様に感じつゝある者が、世界の至る所に何千人何万人と居るのである!それ等の人々のコンフェッションや、四方の国々のprostituteの報告を読めば、彼等がどのくらゐ細かい点まで全然饒太郎の同じやうな聯想に耽り、同じような矛盾に悩まされて居るかと云ふ事は、怪しくもまざまざと暴露されて居る。(後略)』」

「今日、日常会話のなかにもSだとかMだとかと用いられるが、サディズム、マゾヒズムという言葉が最初に用いられたのは、クラフト・エビングのこの著書(性的精神病質)である。」谷崎がこれを読んだのは帝大に入学した明治41年か42年の事と思われる。この著作が無ければ谷崎は自身のマゾヒズム体質に気が着かなかったのかもしれない。そして「美的生活」で述べられた性欲の解放とクラフト・エビングのマゾヒズムが自身の文学のテーマになった。

「潤一郎ラビリンス2」に収められている「日本に於けるクリップン事件」(昭和3年)ではマゾヒズムの定義が明確に述べられている。この中で「『(前略)彼等の享楽する快感は、間接又は直接に官能を刺激する結果で、精神的の何物でもない。彼等は彼等の妻や情婦を、女神の如く崇拝し、暴君の如く仰ぎ見てゐるやうであって、その真相は彼等の特殊なる性慾に愉悦を与ふる一つの人形、一つの器具としてゐるのである。人形であり、器具であるからして、飽きの来ることも当然であり、より良き人形、より良き器具に出遇つた場合には、その方を使ひたくなるでもあろう。』」ここで言う「人形」、「器具」については、女を「型」、或は「タイプ」で見るという考え方の延長であると思われる。このあたりは市井のマゾヒスト諸氏に異論があるかもしれません。

「鍵」(昭和31年)はとても面白く思い、映画も見た。しかし、これは未完であるという。「鍵」は中央公論に連載されたが第二回が発表されると、猥褻か芸術か、という論争になり、当時国会での売春防止法審議にも影響を与えたという。そこで、中央公論の嶋中社長が懇意にしている「裁判所の偉い人」に聞いてみると猥褻だと言うので、すぐに嶋中が京都へ行って谷崎に報告している。「その結果、『鍵』は『構想の時点では、演劇でいえば四幕もの仕立て』だったが、『谷崎先生は四幕ものの三幕、すなわち起承転結の〔転〕の部分を飛び越して、第四幕すなわち〔結〕の部分にいきなり移るという』対策がとられたという。したがって、『現在残っている〔鍵〕という作品は、当初の構想とはまったく違う未完成の作品である』と指摘している。」

戦前から戦後と書き続けられた「細雪」も当初は、よろめきあり、マゾヒズムもあり、という小説になる筈であったが、検閲を恐れてそういう要素は削除したらしい。「鍵」にしても「細雪」にしても原案通りだったら、どんな作品になっていたのでしょうか?

その他、引用する紙幅はないが、時系列的に作品や佐藤春夫との妻交換事件が簡潔に解説されています。但し、源氏物語については全くの門外漢で付いていけませんでしたが。谷崎潤一郎は「刺青」から「瘋癲老人日記」まで終始一貫ブレる事無く性欲の解放とマゾヒズムをテーマとして書き継いだ凄い作家だと言う事が良く分かります。著者の後書きにあるように本書はコンパクトに纏まっており、谷崎潤一郎の読者諸氏にはお勧めの一冊です。