イスラム教の論理・イスラム2.0/飯山陽(その1)

読書のお時間

今回は長くなりそうなので、二回に分けます。

(1)クアラルンプールに居た頃

平成4年からマレーシアのクアラルンプール(以下KL)に4年半駐在していました。行く前はマレーシアについて何も知らず、地球の歩き方を飛行機の中で読んだ程度でした。現地に着いて最初に焦ったのはトイレに紙が無かった事です。本にはそうとは書いてありませんでした。そもそも紙でケツを拭くのは地球人全体の何割位でしょうか?現在イスラム教徒が18億人いますが、その他にもそういう人達がいる事から類推すると5割くらいでしょうか。

仕事のメインになる相手会社に挨拶に行き、色々を沢山頂きました。仮にOsama bin Ladenという人がいたとします。この人に電話で「Mr. Ladenをお願いします。」と言っても全く要領を得ません。そこで今度は「Mr. Osama bin Ladenをお願いします。」というとつないでくれます。フルネームを呼ばないと駄目なのかと思ったのですが、聞いてみると”bin”というのは「息子の」という意味で、彼らには姓がなく”Laden”は父の名前、”Osama”が本人の名前でした。すなわちLadenの息子のOsamaという意味になりますのでMr. Ladenと言うと本人の父親を呼んでいたことになります。ちなみに女性の場合は”bin”を”binte”にします。これは「娘の」という意味です。ところが国際部門の仕事をしている人の名刺には”bin”が書いてありません。何故かと尋ねると”bin”を書いた名刺をアメリカ人に渡すと皆、Mr. Binと呼ぶので止めたと言っていました。

その会社の人と徐々に仲良くなり、しばしば飯食いながら雑談してました。基本的に彼らは勤勉とは言えず、ウダウダとしているのが大好きです。そんな時に何度か聞かれたのが季節の話です。KLは北緯3度位ですから、常夏です。朝日が昇れば30℃。一日一回シャワーのような雨が降ります。彼らは知識として春夏秋冬は知ってるんですが「夏の次には何が来るのか?春か?秋か?」などと質問してきます。その都度答えますがなかなか覚えません。ある時「夏は何月か?」と聞かれ「7月から8月」と答えると怪訝な顔をして「君は違う、あの人は1月、2月と言っていた」と言います。あの人というのは出向で来ていたオーストラリア人でした。北半球と南半球では季節が逆なんだと説明したのですが、説明が上手くない事もあり、納得はしてもらえませんでした。

マレーシアの国旗は米国旗に似ていて、左上の50個の星の部分を三日月と星に置き換えた感じです。日の丸は太陽ですが、これは日本人が太陽が良きものと思っているからです。しかし彼らは常夏なので、太陽の出ている昼間は熱くて辛い、労働しなきゃなんない。しかし月と星が見える夜は涼しい、寝てられるという訳で、月と星が好きです。それで国旗には月と星が描かれています。マレーシアだけでなく他のイスラム教国の国旗にも月と星が描かれています。蛇足ですが、昭和40年にマレーシアの華人が分離独立したシンガポールの国旗は中国の五星紅旗とマレーシアの月を組合せ、マレー人と華人が共存する国を象徴しています。

マレーシア国旗
シンガポール国旗

イスラム教徒はラマダンと呼ばれる断食を一ヶ月行います。日の出から日没まで食事、飲料、煙草は禁止です。イスラム教歴は月が基準で完全な太陰暦(大小の月を単純に繰り返す。)で一年は355日です。このためラマダン月も一年に10又は11日ずつ進みます。季節が無いので、日本の江戸時代の太陽太陰暦のようにうるう月を入れたりして調整する必要がありません。33年たつと約一年分になるので一つ余計に歳をとることになります。

ある日の夕方、ナシゴレン(焼飯)でも食って帰ろうかと一人で近場の食堂に入りました。多くのマレー人がいて彼らの前には既に料理が置かれています。しかし誰も食べず、新聞を睨んでいました。後で知った事ですが新聞にはマレーシア各地の日没の時刻が書いてあり、その時間まではただ料理を見ているだけでした。熱い昼間に水も食事も摂らないのはかなり辛い事で色々な例外規定があるようです。特に旅行中は許されるようで、イスラム教徒がラマダン中に日本に来た時はじっとラマダンを続けている人がいる一方、こそっと飯食っている人もいました。

事務所の若い女性が結婚する事になり、私に結婚式の招待状をくれました。何人くらい呼んだの?と聞くと招待状を500枚位送ったと言います。どこでやるの?と聞くと自宅だそうです。勿論彼女は大金持ちでもなく、500人呼べるはずがない、そうか、500枚送っても来る人は少ないのか、思ってました。当日彼女の自宅へ車で行くと家の前の路上に延々とテントが張ってあり、車は通れません。車を降りて自宅まで歩いて行き、家の中に入ると部屋の中央にキングサイズ位のベットがあり、二人がそこに寝そべっています。両脇には柄の長い団扇のようなもを持った人があり二人をあおいでいます。結婚式と言ってもいくら包んでいけば良いのか全く見当が付かず、事前にマレー人に聞いてみたものの、気持ちですから、お金でも記念品でもご自由に、と言うばかりです。それでKLの伊勢丹でバッグを買ってプレゼントしました。挨拶があった後、存分に食べて帰ってください、と言われ、表のテントに入ると長机が何個も並べられており、そこで、勝手に取って食べると言う形式です。私は手で食べるのはどうも苦手で、そういうと匙をくれました。焼き飯のようなものを頂き、帰りに手を洗って帰りました。 (彼らは食べた後手を洗います。) 勿論酒はコーランの教えによりご法度です。

可搬型の小型衛星通信機器の使い方を現地の人に説明する事になりました。まずアンテナを衛星方向に向けるのですが、KLからは西の方向、と言ってもどうもピンと来ません。そこでメッカの方向と言い直すとすぐに理解してくれました。イスラム国のホテルの部屋には天井とか引き出しの中にメッカの方向を示した矢印が書いてあります。旅行者も、その方向に向かって日に5回礼拝するのが義務です。私は一度、飛行中の航空機の通路に敷物を敷いてお祈りしている人を見た事があります。それが正しい方向かどうか定かではありませんでしたが。メッカイスラム教の聖地でカラオケのオネーサンに聞いてみても一生に一度は行きたいと言います。そのため旅行資金を毎月積み立てているのですが、イスラム金融では利子を付ける事は禁止されています。ところが銀行は集めた金に利子を付けて貸し付けています。かなりの利益が出るようです。

KL駐在が終わり帰国した直後に後輩から連絡がありました。彼は海外青年協力隊の一員として某イスラム国へ赴任し既に帰国しています。赴任中、現地の女性と知り合い自宅で二人で話をしていると、近所の人に通報されて宗教警察に逮捕されてしまいました。コーランで未婚の男女が二人きりで逢う事は禁じられています。彼が助かる道はイスラム教に改宗し彼女と結婚する以外にありません。イスラム教徒になるには割礼し、コーランを暗記する必要がありますが両方とも無理。これは幾ばくかの喜捨で許してもらったそうです。その後、妻を連れて帰国したのですが、どうしても彼女が日本に馴染めなく、どこでもいいからイスラム教国に行きたいと言うそうです。そこでKLで勤務できないかという相談を受けました。色々と人事部とか掛け合ったり、他社の知り合いに聞いてみたのですが上手くいきませんでした。これが悲劇か喜劇が分かりませんが、赴任前に宗教警察の事を知っていれば違う形になっていたことは間違いありません。

これ以外にもいろいろネタはありますが、長くなるので、またの機会に紹介します。