ヒマつぶしの作法/東海林さだお

東海林さだお氏は漫画家であるが、エッセイも多数上梓されており、過去のヒマつぶしに係るエッセイを集めたのが本書である。

言うまでも無い事であるが、「ヒマ(な状態)にしている」と「ヒマつぶしをしている」とは全く違う。本書では著者がこれまでに経験した数々の「ヒマつぶし」が紹介されている。ルンバ(掃除機)を眺める、釣り堀、洗濯、はとバス、ダンス、テニス、キャバレー、料理、ストリップ、熱海温泉等々。これらをかなり正確に記録し、得意のイラストも使って半笑い(或いは企まざるユーモア)溢れるエッセイに纏められている。チコちゃんに叱られる程度にボーっとしていては決して出来ない仕事である。

極め付きは温泉旅行である。「正調温泉一泊作法」というエッセイの冒頭を引用する。「『たまには温泉にでも行って、ノンビリしてくっか』誰しもそう思う。そう思って、出かけて行ってですね、一度でも《ああ、ノンビリした。楽しかった。いかった》と、帰って来たことがありますか。なんだかひたすらあわただしかった。あれもしたい、これもしたい、と、ウロウロしたけど、結局何もできなかった。ちっともいくなかった。というのが、ごく一般的な、いつわらざる感慨だと思う。(中略)それはなぜか。それは誰もが、″正しい温泉旅行のあり方″というものを認識していないからなのだ。つまり、″正しい温泉旅行の教典″がないからなのだ。」

そこで編集部の二名を加え三人で正しい温泉旅行の規範を作ることになった。まず、泊数であるが「全体をキリリとひきしめたい」との理由で一泊が正統と決定。これより「表温泉旅行道一泊派」を名乗ることにする。宿泊地は熱海、移動は新幹線。宿泊は「当然和風旅館、畳の間、浴衣、丹前、頭に手ぬぐい、廊下スリッパペタペタの世界が現出されなければならない」。この調子で教義がどんどん定まって行く。「しなければならないこと」は射的、浴衣スリッパピンポン、芸者、パチンコ、スマートボール、湯の町遊弋、マッサージ、お土産、ホテルのレビューショー。これらを満足できるのは「ホテル ニューフジヤ」。そしてホテルには午後5時に着かなければならない。

これらの教義を定め最終的に決定した作法は;
5時:ホテル到着
6時:入浴
7時:夕食
8時:外出(射的)
9時半:OSK日本歌劇団レビューショー
10時:芸者到着
12時半:マッサージ到着
1時半:就寝
翌朝7時:起床直ちに朝風呂
7時半:朝食+朝ビール

そして温泉一泊旅行の神髄を悟る。曰く「温泉一泊旅行の神髄は、実は朝風呂ではなく朝ビールであると。朝風呂は朝ビールに至る道程であったと。われわれは遂に一泊温泉の奥義を極めたのだ。『温泉一泊旅行といふは、朝ビールと見附けたり』」。少々補足すれば前夜の所業は朝風呂への、朝風呂は朝ビールへの道程/助走であったと。

ヒマつぶしはボーッとしていては成らず、日程を考え、段取りを考え、予算を考え、その他、諸事百般を頭に入れ、真面目に本気で取り組まなければならない。そうでなければ、後世に語り継がれるような立派なヒマつぶしを成就する事は出来ない。本書の教訓を肝に銘じて自身のヒマつぶし人生の参考としたい。

余談であるが、本書には腰巻の惹句にあるように、いとうせいこうとの対談(2019年夏収録)がある。私は、彼の髪型が変なので余り良い第一印象を持っていなかったが、本対談で披露された発想力は素晴らしいと感じた。「いとう 僕は物事をものすごく忘れるんです。そこでど忘れしたことを思い出したら、その喜びを筆ペンで書いて残すことにしたんです。(中略、サンドウィッチという言葉が出てこなかったとすると)それを後から見てなぜサンドウィッチが出てこなかったんだろうかと自問する。なぜそういうことが起きてしまったんだろうかと。サンドウィッチ伯爵に対しての何かが僕の中にあって抑圧しているとか。自分の弱点を趣味化したんです。」

この提案にショージくんは大いに賛同し、いつでも記録に留める事が出来るように矢立を持って歩くべきだ等々、話が随分広がっていった。確かに面白い試みである。年々歳々ど忘れ、特に人の名前が出てこなくなった自分としてはそれを記録して振り返るのは一つのヒマつぶしになりそうだ。但し、忘れたことを忘れてしまってはどうしようもないが。

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