ジャニー喜多川異聞

いささか旧聞に属する話となった感がありますが、7月9日にジャニー喜多川さんがお亡くなりになしました。享年87。その後彼の生涯、ジャニーズ事務所の功罪について色々なマスコミが饒舌に語っていましたが、どれも同じような話でした。しかし、一番笑えたのは高田文夫です。高田文夫は元来放送作家ですが、TV、ラジオで活躍しており、また立川談志の弟子となって立川藤志楼(トーシロー)で高座を務めCDも出しています。

高田文夫は2012年に心臓が止まり生死の境をさまよったが、7ヶ月間の闘病生活を経て奇跡的に復帰。止まった心臓を手術して生き返り、70になっても、これだけのスピードでギャグを撒き散らす人はまずいません。 高田文夫は今が最盛期と言う人がいますが、我誠に同感ナリ。 余談ではありますが「ラジオビバリー昼ズ」で高田文夫が心臓病で入院した事を報じた直後に掛かった曲が桑江知子の「私のハートはストップモーション」。さすがニッポン放送です。

ジャニーズは代々木にあった米軍のワシントンハイツ(後の東京五輪選手村)の内側に居たジャニー喜多川が少年野球チームを作り、そのチーム名をジャニーズにしたところから始まる、というのは誰もが知っている話でですが、なんとその現場に高田文夫がいたそうな。詳しくは音を聞いてください。

令和元年7月12日 ラジオビバリー昼ズ
(高田文夫 、松村邦洋、磯山さやか)

世間でジャニーさんの話題が蔓延しているのを見聞きし、俺もとばかりジャニーさんとの出会いを田淵幸一が松村邦洋に語ったそうです。これを松村が翌週(7月19日)の「ラジオビバリー昼ズ」で披露しています。 彼によれば田淵幸一のバッティングを最初に評価し、芸能界でなく野球を勧めたのはジャニーさんという事になります。

ところで、松村邦洋は山口県の田布施高校を留年するほど勉強が出来なかったにも関わらず、野球と芸能界の知識は端倪すべからざるものがある。林家ぺー、パー子夫妻が芸能人の誕生日を殆ど記憶しており、これもすごいとは思われるが松村とはレベルが違うようだ。


令和元年7月19日 ラジオビバリー昼ズ
(高田文夫、松村邦洋、磯山さやか)

ジャニーズの楽曲についても、あちこちでジャニーズ特集が放送されました。その中ではやはりクリス松村の「いい音楽あります」です。(このダサいタイトルなんとかなりませんかね)。曲はジャニーズ(真矢ひろみ、飯野おさみ、中谷良、あおい輝彦)のライブ音源で、超レア。勿論初めて聞きました。当時ジャニーさんがブロードウェイ的なミュージカルを目指していた事が分かります。3曲目はブルーコメッツとの共演で、これも珍しい音です。

令和元年7月14日 クリス松村の「いい音楽あります」

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