絵を見る技術/秋田麻早子著

映画を見たり、小説を読んだりするのと違って絵は2秒あれば見られる、或いは見たことになる。逆に一枚の絵を何時間も見ている人もあれば、何日も絵の前に陣取って模写している人もいる。絵の見方は色々あると思うが、本書はその基本を分かりやすく説明している。腰巻にもあるように「名画の構造を読み解く」事が目的である。

少し長いが、序章の一部を引用します。「(前略)理由はなんであれ、歴史的名画をちゃんと見られるようになりたい、と思う人が増えているのは確かでしょう。しかしながら絵を好きなように見てもいいんですよと言われても、どこから手をつけていいのか分からないものです。これで合っているのだろうか、と不安な気持ちにもなるでしょう。反対に、絵の背景知識を深めないと絵はよく分からない、と言われると、今度はたくさん勉強しなくてはと思ってしまいます。一方は感覚に頼る方法で、もう一方は知識に頼る方法。もちろん、どちらも必要なことは確かですが、センスに自信が無く、知識が僅かしかなくても、絵をちゃんと見る方法はないものでしょうか。」

この文は正しく我々素人の絵に対する思いを代弁しています。この問いに対する著者の回答は「『好きなように見る』と『知識を持って見る』の間にあるものはなんでしょう。それは『観察』です」。要するに漫然と「見る」のではなく「観察」せよと。「観察」とは目的を持って「見る」事であり、「観察」するためには「スキーム(見るための枠組み)」が必要である。本書はこのスキームを多くの名画のカラー図版を使って分かりやすく説明してくれます。

第1章 「この絵の主役はどこ?」-フォーカルポイント
    まず絵の主役をさがす。
第2章 「名画が人の目をとらえて放さないのはなぜか?」-経路の探し方
    画面の中の視線誘導。
第3章 「『この絵はバランスがいい』ってどういうこと?」-バランスの見方
    構造線を見つける。
第4章 「なぜその色なのか?」-絵具と色の秘密
    色の見方
第5章 「名画の裏に構造あり」-構図と比例
    構図の定石を知る。
第6章 「だから名画は名画なんです」-統一感
    絵の表面的な特徴

私には「視線誘導」、「構造線」、「構図」の章を興味深く感じた。絵を見ると色味やタッチに目を奪われがちで、構造線と構図による視線誘導には殆ど意識がなかった。 構造線は絵のバランスを決める骨組みのようなものでボッティチェリからモンドリアンまで、これで説明されているのには少々驚いた。 構図は言うまでもなくルネサンス以前から多くの研究があり、それに加えて黄金比に代表される矩形の比例、比率の研究が相まって近代絵画にその成果が上手く取り入れられている事が分かる。

我々が絵を見る際に何をどう見れば良いか、という指針が非常に分かりやすく説明されており、入門書としては最適だと思われる。これまでこういう本が無かったためか良く売れているそうです。

POPS PUNCH/平凡パンチ800号記念レコード

珍しいレコードを見つけました。平凡パンチ創刊800号を記念して発売された二枚組のLPで定価3,000円。平凡パンチは昭和39年(1964)に定価50円で創刊されたので800号発売は昭和54年(1979)になる。平凡パンチは週刊プレイボーイとライバル同士であったが、パンチは昭和63年(1988)に休刊となった。当時はキヨスク(その頃は鉄道弘済会と呼ばれていた。)でドキドキしながら買った覚えがある。

レコードの内容は60、70年代のヒットポップスが26曲入ったオムニバス盤。曲のつなぎに小林克也とシリア・ポールの曲にちなんだ喋りが入っている。最近はこういう遊びをやる人が無くなった。こんな遊びが出来る曲が無いという事でしょうか。

以下にレコード各面をアップロードしてみましたが、何しろ、古いレコードなので、音質は今市です。

レコード1-A面

曲目リスト

レコード1-B面

レコード2-A面

レコード2-B面

美しき愚かものたちのタブロー/原田マハ著

これが出た時は余り関心がなかった。しかし直木賞候補になったと聞いて急に興味が湧いた。全く権威に弱い小市民である。腰巻に書いてある通り、松方コレクションの成立事情を追った事実に基づく小説である。

川崎造船所の社長である松方幸次郎は第一次大戦で船が不足することを見越し、船主からの発注前に予め船を作って在庫とする(ストックボート)ビジネスを発案した。通常船舶の建造には1~2年程度かかるが、在庫があれば急の需要に応えられる。しかし、必ず売れる確証は無くリスクは大きい。役員会が反対したのも当然である。しかし、これが大当たりした。船が不足し、市場の値が吊り上がる。元値の6~10倍で売れた。この儲けを美術品購入に充てたのが、松方コレクションの原型となった。

松方は美術に関する造詣は無い。しかし西洋美術館を建てたい、若い人に本物の西洋美術を見せてやりたい、との一念からロンドン、パリで西洋美術品と海外に流失した浮世絵を買い漁った。西洋絵画だけでも3,000点以上と言われる。 しかし、第二次世界大戦のドサクサで全てを日本に送ることが出来ず、フランスの田舎に疎開させたが、敗戦後その大部分が仏政府に接収された。

1952年のサンフランシスコ講和条約発効で日本は独立を回復した。その翌年、仏政府と松方コレクションの返還交渉を行うため美術史家の田代と文部省の役人である雨宮の二人がフランスに乗込むところから物語は始まる。仏政府は大部分の返還には応じたが、コレクションの核となる20点については拒否した。全20点の返還は無理と考えた田代は次の3点の返還を強く主張した。ゴッホの「アルルの寝室」、ルノワールの「アルジェリア風のパリの女たち」、モネの「睡蓮、柳の反映」。交渉の結果ゴッホ以外は返還された。しかし、モネはその後行方不明となる。

アルルの寝室/ゴッホ

2016年9月、フランスの美術館関係者がルーヴル美術館内でこれを発見した。上半部が大幅に棄損していたが約1年間掛けて日本で修復した。これらを、松方コレクションを展示するために 昭和34年(1959)に建設された国立西洋美術館にて開催された「松方コレクション展」でこの3作が同時に展示された。( 「アルルの寝室」はオルセー美術館蔵)。 モネの「睡蓮、柳の反映」 は約1年間かけた修復に大変なご苦労があったと思われるが、欠損部分が大きく、残念ながらモネの傑作を見ているという感慨は無かった。

松方の美術品購入は1921年から始まる。若き日の田代がアドバイザーとなって、ロンドン、パリの画商で次々に買い漁る。勿論画商の間で評判となり、次々に素晴らしい作品が提示される。松方は田代のアドバイスによって、見ずに買った絵もかなりあるようだ。また、現地大使館員の紹介でモネの自宅に2回赴き、本人から 「睡蓮、柳の反映」 を含め数点を直接買っている。絵を買い漁る派手な場面や松方の部下で元飛行機設計技師であった日置がフランスに侵攻したドイツからコレクションを守ろうと人生を掛けて奮闘した感動的場面もあり、面白い読み物であった。尚、松方がヨーロッパで美術品を買い漁る際、当時のドイツの潜水艦の設計図を入手するというミッションがあった、と言われているが、確かなことは不明である。

余談ではあるが、最近の研究でゴッホの 「アルルの寝室」 は製作した時と現在では色が違うという事が判明した。もう少し、調べてみたい。