崩壊の森/本城雅人著

学生時代にロシア語を学んだ縁で土井垣侑(どいがきたすく)は東洋新聞ロシア特派員としてモスクワに赴任した。東洋新聞のモデルは産経新聞である。後書きで著者は元産経新聞ロシア特派員に取材し、当時の産経新聞記事を参考にしたとしている。

土井垣が赴任したのは昭和62年(1987)、チェルノブイリ事故後1年。それから平成3年(1991) 12月25日、ゴルバチョフ大統領がソ連邦消滅を発表する日まで、昼夜を問わず取材活動を続け、現地の生の声を拾うべく毎夜のようにバーでロシア人が心を開いて語ってくれるまでウォッカを呷り続ける。当時のロシアは言論、報道の自由は制限されており赴任当初は写真電送機もFAXも無かったので検閲、盗聴を避けるため、テレックスでローマ字原稿を送っていたようだ。

ソ連崩壊への段階でお約束の土井垣のロマンスがあり、スパイだった美人実業家、なんか胡散臭いけどしっかりしているロシア人、ソ連高官との交際等々から平成2年(1990)2月2日、共産党の独裁放棄をスプークする。同8月18日、ゴルバチョフがバカンスで不在の隙を狙ってクーデタが発生し、新婚の妻と外国人アパートから非難した。

ソ連崩壊までの数年間がノンフィクションで繋がっており、そこに土井垣の上司との葛藤、悩み、そして探偵小説的なスリルが相まってスピード感がある。全てが事実ではないとはいえ、特派員の仕事の厳しさが良く分かり、良質のエンタテインメントと感じた。ストーリーは特派員の目で進行するが、欲を言えばソ連政権内部の様子ももう少し書いてもらえると一層面白く感じられたかもしれない。

話は変わるが、先日ネットでウクライナから留学しているナザレンコ・アンドレーさんの講演を見た。ソ連邦が崩壊しウクライナ共和国は独立した。しかし、ソ連がロシアとなってもその本質は変わらず、ウクライナ人の浅慮によって、平成26年(2014)にクリミア侵攻を許し、今なお戦火は止んでいない。この現状を披露してくれた彼の講演は我々に考えさせるものがある。約7分の講演ですので、是非聞いてみてください。


俺たちの時代/西城秀樹

西城秀樹が亡くなってはや一年。もう喪が明けたという前提で秀樹のトホホな歌を探してみた。かつて山口百恵が京浜急行の横須賀から品川までの快速停車駅をひたすら歌う「I CAME FROM 横須賀」を本ブログ認定トホホ曲に選定したことがあります。この調子で秀樹にも何かある筈だと探しましたが、無い。その調査の過程でみうらじゅんがこの歌について「ヒデキのモッコリ」と述べているのを見つけました。確かにジャケ写を見るとモッコリのようにも見えるが、位置関係が少々違う様な気もする。歌は秀樹らしい能天気な内容で加も不可もないという感じですが、ジャケ写にトホホ感があるため、これを選んでみました。しかし、剥き出しの両足はとても綺麗です。

股間の表現、処理については古今東西、多くの人がひどく悩み、多くの人が全く悩でいません。この問題について日本人の研究書があります。木下直之著「股間若衆」と「新股間若衆」。著者によれば書名は「古今和歌集」のもじりだそうですが、股間は若衆だけのものでは無いので、余り良い題名とは思えません。本書の副題に「男の裸は芸術か」とありますが、女の裸が芸術であって男の裸が芸術でないとすれば、これはひどい差別であります。

股間の問題で一番頭を悩ませるのは彫刻家でしょう。例えばミケランジェロのダビデ像のような作品を作る場合、まずはモデルを誰にするかから始まって、どこまで忠実に再現するか、頭を悩ませます。これについてかつて著者が「タモリ倶楽部」に出演して、実際に日本の色々な作品を見ながら解説されました。忠実に再現されたものもありましたが、それはTVには映せないという事で胡麻化した例が紹介されました。誤魔化すために無かった事にする、或はその辺りを盛り上げてしまうという情けない形になっていました。隠すのであれば褌とかパンツを穿かせれば良いような気がしますが、芸術家魂としてそれは出来なかったのでしょう。

ギリシャ、ローマの時代は殆ど隠していないようです。ローマには股間に葉を被せた彫像が多くありますが、これらは後年原作に加えたようです。ローマのシスティーナ礼拝堂にあるミケランジェロ作の「最後の審判」は後年原作の股間に絵の具を塗って隠しましたが、前回の大修復の際に書き加えられた絵の具の除去作業を行うことになりました。ところが、作業途上で、蛇がチンチンに噛みついている場面が現れ、これを見て除去作業を中止したそうです。よって現在、絵の具で隠れているのといないのが混在しています。古代には自由で逢ったものが隠されるようになったのはキリスト教の影響でしょう。諸悪の根源はキリスト教であると私は思っています。

ところで、私はこの本を未だ読んでいません。このブログで読んでいない本を取り上げるのは初めてです。読みましたら感想を述べさせて頂きます。

経済で読み解く日本史❸江戸時代/上念司

日本史が高校で必修でなく(先進国の高校で自国の歴史が必修で無いのは日本だけ)自分はまともに日本史を勉強したことが無い。しかし歴史には興味がある。本書は人間の行動を縛る「銭」すなわち経済の動きを主軸にした新しい日本史である。経済の専門書に同様の論文は多々ありそうだが私のような素人にも分かるように平易に解説してくれてます。

本シリーズは文庫版の5分冊になっており
第1巻<室町・戦国時代>
第2巻<安土・桃山時代>
第3巻<江戸時代>
第4巻<明治時代>
第5巻<大正・昭和時代>

第1巻から読み始めるべきなんでしょうが、まず落語を通して馴染みの深い第3巻<江戸時代> から始めてみました。

当時は勿論経済学の理論は無く江戸時代の約260年間、幕府及び諸大名は色々な試行錯誤を繰り返し、成功と失敗を繰り返してきた。これらの結果を纏めると
●世の中はモノとお金のバランスによって成り立っている。
●お金が不足すればデフレになり、景気が悪くなる。
●景気が悪くなると普段は見向きもされない危険な思想に人々は救済を求める。

江戸時代初期の国家予算は約3,000万石であったが、幕府の天領での税収は400万石しかなかった。不足分を埋めるため、家康は全国の金山、銀山を手中に収めた。三大将軍家光までは独占した金銀を浪費し、幕藩体制を強固なものにした。教科書では浪費はイケナイ事となっているが、経済は発展し、八代将軍吉宗の頃に農業生産量はピークに達した。しかし、それ以降は金山、銀山を掘りつくしてしまい、財源不足が顕在化してきた。要するに税収を幕府が一括して徴収する中央集権体制になっていなかったのが根本的な問題であった。

その後幕府と諸大名は常に財政難と戦っていた。例えば幕府の財政難を克服するため改鋳が行われた。これは小判二枚を溶かして混ぜ物を加え、小判三枚にする。教科書ではイケナイ事だとされているが、これで幕府のお金の量が1.5倍になったので好景気となった。消費も喚起され米や米以外の作物も増収となった。しかし、享保の改革、寛政の改革等の緊縮財政政策によって不況になる。それ以降、著者云う処の「緊張と緩和」の繰り返しであった。

江戸も中期以降になると武士より町人の方が財力が豊かになる。幕府は治山治水、インフラ整備等の公共事業に掛かる費用を諸大名に拠出させるようになるが、大名とて火の車。いやいやながらも借金で賄うしかない。しかし、借金踏み倒しは頻繁に発生し、特に肥後の細川様は借金棒引きを繰り返し、信用を失ったようである。

江戸時代も末期になってくると開国を求める諸外国が日本に接近してくる。財政難による国難は開国を迫る諸外国が悪いという考えから、攘夷という思想が現れる。最後は開国せざるを得ず、明治維新となるが諸大名は借金が棒引き出来るので、廃藩置県という荒療治を受け入れたのではないだろうか。

その他薩長同盟も経済の観点から面白く解説されています。教科書では江戸時代は農民、町民が虐げられていた暗黒時代だと言われているが、実際には高度な通貨制度も整備され、町人が力を付け、軍事力も十分で外国に比べてもかなり良い状況だったのではないでしょうか?

現代でも借金はイケナイ、浪費はイケナイとして財務省主導の緊縮財政論がマスコミで流布されているが、景気は緊縮財政時に不況になっており、著者は現代においても緊縮財政ではデフレから脱却できないと云いたいのだと思います。