文学はおいしい。/小山鉄郎著、ハルノ宵子画

時事通信の記者である小山氏が100の文学作品に登場する100種類の食べ物を引用、紹介し、それに伴う蘊蓄が披露されている。カツ丼、ラーメン、餃子、ウドン、お好み焼き、焼き鳥等々何でもあり。ハルノ宵子氏は吉本隆明の長女、吉本ばななの姉である。彼女は各食物の水彩画を描いている。食べ物の絵というのも難しいもので、見て如何にも旨そう、食べたい、と思うものもあれば、これ本当にそう?と言いたくなる画もある。

仮名垣魯文「安愚楽鍋」に登場する牛鍋の項では、肉食の歴史を開陳している。天武四年(675)天武天皇が肉食禁止令を発布。その後、約1,200年間日本人は肉を食べなかった(事になっている)。しかし、明治政府は富国強兵の一環として肉食による体位向上を目指し明治四年末に禁を解いた。その後日清、日露戦争の兵士に牛肉の缶詰(大和煮らしい)を大量に送ったため、東京では牛肉不足となり、豚肉を多く食するようになったそうだ。関西で肉じゃが、というと牛肉であるが、関東では豚肉になるのは、この影響かも知れない。

「ドナルド・キーン自伝」では三島由紀夫と伊勢海老を食べた件がある。昭和45年8月、毎年三島が家族と過ごす下田で料理屋に注文した5人前の伊勢海老を英国人ジャーナリストを含む3人で平らげ、さらに二人前を追加注文したという。晩餐はかなり盛り上がったのであろう。しかし、何かおかしいと感じたドナルド・キーンは翌日「何か悩んでいることがあるんだったら、話してくれませんか」と尋ねたが、三島は何も言わなかったという。三島はキーンに「豊穣の海」最終章を読んでくれと頼んだが、キーンは前章を読んでいないので、と断った。最後の作品を書き上げた三島は「あと残っているのは死ぬことだけだ」と話していたという。11月25日の割腹自殺の朝に原稿が編集者に渡されたが、実際にはその年8月には既に完成していた事になる。

この本に「全日本冷やし中華愛好会」人呼んで「全冷中」が出てきたのには少々驚いた。山下洋輔が「我々は何故我が国の冬季においては、かの冷やし中華を賞味できないのであるか?」と発したのが「全冷中」の始まりである。尚、本書では山下洋輔著「へらさけ犯科帳」が初出であるとしているがこれは誤り。全冷中には筒井康隆、奥成達、平岡正明、赤塚不二雄、タモリ、等の精鋭が結集し冷やし中華バビロニア起源説、具材の研究、特にナルトの渦巻きが冷やし中華と宇宙を結びつける云々意味不明の学説が多数発表された。昭和52年4月1日(エイプリルフール)に有楽町よみうりホールで「第一回冷やし中華祭り」が開催された。私は友人のT氏と共に新宿から歩いてこの祭りに参戦したことを思い出す。尚、この祭りについてはヒゲタ醤油勤務で山下洋輔の兄である山下啓義氏による詳細なレポートがあります。御用とお急ぎでない方はご覧になって下さい。あの時代のバカバカしさ、元気さがしっかり伝わってきます。

沢山の作家の食に関わる部分を抽出し、注釈と蘊蓄を加えた中々楽しい読み物でした。私が何度か読んだ志賀直哉の「小僧の神様」が取り上げられていたのは嬉しかったのですが、北大路魯山人、内田百閒或いは「食道楽」の村井弦斎が無かったのは少々残念でした。