不良役者/梅宮辰夫著

梅宮辰夫が亡くなったのは令和元年12月12日。この本は奥付に「2019年12月12日第一刷発行」とある。娘のアンナが12月12日以降最初にMXTVに出た時、この本は既に印刷済みで、父にサインをしてもらうため何冊か自宅に届けられていた、と語っていた。 自身の映画俳優人生と破天荒な交遊録を口述筆記したものであるが、不謹慎ながら間に合って良かった、という気がする。腰巻の裏表紙側には「俺が役者になった目的は次の4つ。いい女を抱くこと。いい酒を飲むこと。いい車に乗ること。きれいな海が見える一等地に家を構えること。」とある。最初の3つは当然とも思えるが、4つ目はやや意外で彼の家族に対するやさしさなんだろうと思う。

小学校4年で満州から引揚げ、水戸に定住。父は開業医で大学は医学部を受けるが失敗。やむなく日大法学部入学。昭和33年行きつけのゲイ寿司屋の勧めで受けた東映ニューフェイスに合格。当時の東映は京都撮影所での時代劇がメインで東京撮影所は添え物とも言われた現代劇。しかし大スターの多い時代劇俳優になろうという気はなく、ひたすら役者になった目的を追い求めて東京で現代劇を演じることにした。

そのころは毎晩銀座へ行く。当時、銀座には日活の石原裕次郎、小林旭、大映の勝新太郎、田宮二郎等の大スターが闊歩していた。しかし高倉健は酒を飲まず、鶴田浩二は倹約家とあって、東映のスターは余り出てこない。そこで、自分は東映の看板を背負って銀座のクラブに通った。勿論役者になった目的を達成するためだ。当時は今のように気の効いたホテルは無く、店がハネた後は女のアパートに行き、まず冷蔵庫の中を見る。新鮮な食品が揃い、飲物や調味料が整然と整理されていればよし、そうでなければ「評価の対象外」だった。

不良番長シリーズが当たり、仁義なき戦いの頃は一本当たり数百万のギャラを稼ぐ。当然のように銀座でモテまくり、複数の女性と付合うのは当り前。不良番長シリーズを撮っていた頃、新人女優の芸名を頼まれ、考えた末に当時一番気に入っていた銀座ホステスの源氏名を付けた。すると本人が何かお礼がしたいと言う。そこで一回寝たら数日後股間がやばい。その話を聞いた山城新伍が俺もやばいと言う。例の新人女優を抱いたらしい。「えっ?なんでおまえがヤッたんだよ」と問い詰めると、迫ってみたがラチがあかず「君の芸名は俺と辰ちゃんが一緒に考えたんだよ」という嘘でなんとかなったらしい。「もちろん俺も新伍も映画のゴッドファーザーのように、その新人女優の面倒を生涯にわたって見たわけじゃない(笑)」

昭和43年クラブ「姫」のホステスと結婚したが、半年で離婚。その後銀座の有名クラブに居たクラウディアを菅原文太から紹介され、美人で気立てもスタイルも良くすっかり気に入ってしまった。しかしホステスとは以前失敗していることもあり、母親は結婚に反対し絶対に見合いをさせると言う。仕方なく3年付き合ったクラウディアに見合いをすることになったので別れてくれと言うと「二号さんで良いから分かれないで。一週間に一度でもいい。会ってくれさえすれば良い。」彼女の言葉に胸を打たれ結婚したいと両親を説得するが猛反対。仕方なく家を出て彼女のアパートで同棲生活。この時アンナを身ごもる。これがスポーツ・ニッポンに素っ破抜かれ、昭和47年結婚した。

梅宮は何度もガンに犯されており、その都度克服してきた。そのためか、結婚すると夜の遊びはプッツリと止め撮影が終わると真っすぐ帰宅する毎日を送っていた。妻と娘との時間を大切にしたかったのだろう。「前略おふくろ様」の撮影の頃、銀座の京料理の板長から板前の手捌きを習うにつれて料理に興味が湧き、晩年は毎日5時半に起きてアンナの弁当を作っていた。

昭和の時代の映画スターの破天荒な暮らしぶり、エピソード満載で面白い。本人以外にも勝新太郎、若山富三郎、高倉健、山城新伍、松方弘樹、菅原文太等々の横顔が見える。特に高倉健の包茎話は初出であろう。 そんな映画スターが輝いていた時代の真っ只中で思い切り演じ、遊んだ梅宮は役者になる目的を全て実現したように思われる。しかし、アンナについてだけは自分の躾云々と悔恨の気持ちが見れとれた。

クリスマスなんて、大嫌い‼なんちゃって/クレイジーケン・バンド

クリスマス・ソングの中には「クリスマスは嫌い」という歌も結構あります。この歌もクリスマス大嫌い、という歌かと思いきや「なんちゃって」がついていて、複雑な心境です。出だしで「クリスマスでトホホな思い出オンパレード」とこれまでの失敗を悔いていますが、段々気分が高揚してきて「おいしいレストラン」を予約して、君と二人きりで夜景を眺めながら「人生には決め時がある、それは今夜だから」と決死の覚悟を決めています。バブルの頃は皆こうだったんでしょうが、今聞いてみると微苦笑とトホホ感が何とも言えません。

クレージーケンバンドは結成して既に20年経過してますが、いまだに結成当時の元気を維持し横山剣も相変わらず一所懸命歌ってます。 ギター、ベース、ドラムスのバンドも良いのですが、このバンドやスカパラダイスオーケストラの様にブラスが入ると明るく盛り上がります。ジャズのビッグバンドが衰退した昨今、編成の大きなバンドは経営が大変とは思いますが、いつまでも頑張って欲しいものであります。

トホホ度 ★★★
お笑い度 ★★☆
意味不明度 ★★

当たれ!宝くじ/憂歌団

毎年、年末になると年末ジャンボ宝くじ売り出しの宣伝が始まり、今年は鶴瓶が「買わないという選択肢はないやろ」と煽っています。私は特に宝くじファンという訳ではないんですが、年中行事のお付き合いという積りで毎回20枚だけ買ってます。

そんな事を考えていたら、この歌を思い出しました。憂歌団は一世を風靡したブルースバンドで、「憂歌」はブルースの和訳だと思います。ブルースはロックの基本で、愛好家も多いんですが、令和の御代となってはこんなバンドはもう出てこない気がします。あれこれ面白い歌がありますが、「パチンコ」という歌ではボーカルの木村充揮が玉が出ろ!とばかり「パチンコ」と大声で叫んでいて笑えますが、この「当たれ、宝くじ」も同様に大声で「当たれ」と何度も叫ぶ声を聴くと、気持ちは良く分かるよ、と言ってやりたくなります。

宝籤の歴史は古く、江戸時代は富籤と呼ばれていました。落語にも「宿屋の富」、「富久」、「御慶」など、富籤を扱った泣笑いが沢山あります。相場は富籤一枚が一分で一等が千両。私流の換算で行くと富籤一枚2万円で一等千両富が8,000万円。富籤一枚が結構高いので、「御慶」の八五郎のように富籤を買うためにありったけを質に入れ、一文無しになった輩もいたようです。

この歌の頃は一枚百円で一等賞金が1,000万円でした。景品法で一等の上限金額が制限されていましたが、昭和55年に法律が改正されて3,000万円になりました。但し一枚300円になったのもこの年です。

ところで、宝くじの期待値は45%程度(売り上げの45%が賞金になる)なので競馬の75%に比べてかなり当たる確率が低いです。そのせいか私は300円以外当たったことがありません。300円は当たっても面倒くさいので、換金しない人は結構いるようですが、売る方も初めからこれを計算にいれているんでしょう。しかし宝くじは夢を買うそうなので、この300円は廃止して、その分高額賞金の本数を増やしてほしいものです。

トホホ度 ★★★★
お笑い度 ★★☆
意味不明度

日本の「老後」の正体/高橋洋一著

時折、新聞、TV等のマスコミで「日本は1,000兆円を越える借金があり、このままでは破綻する。よって増税せざるをえない。」とか「少子高齢化が進みこのままでは年金制度が破綻する。よって現在年金掛金を払っている人は将来年金が貰えなくなる。」というような論説を見聞きするが、これらは嘘です。

著者は元大蔵官僚で現在は嘉悦大学教授。専門は数学で最近は「数量政策学者」と自称している。経済政策的にはリフレ(Reflation)派と呼ばれ、政府(財務省)や日銀の誤った経済政策を糾弾している。大蔵省在職時代、初めて日本国の貸借対照表を作り、現在でも引き継がれているので財務省のホームページを検索すれば誰でも見る事が出来る。

まず借金であるが、日本国が破綻するか否かは普通の企業と同様、その貸借対照表(バランスシート)を見れば見当が付く。日本銀行は日本国の子会社なので、連結すれば2017年度において日本国の純債務は約40兆円となり、殆ど問題ない。(但し、財務省ホームページの貸借対照表では日銀は連結されていない。)

本書180頁(2017年度)

年金は年金数理という理論で設計されている。これの肝は「その人が納めた保険料」=「その人が将来貰える給付額」。例えば20歳から65歳まで保険料を支払い、仮に平均寿命が80だとすると「その人が45年間納めた保険料の総額」=「その人が15年間で受け取る年金の総額」。よって平均寿命より長生きした人は得するが、早死にした人は損する事になる。(給付年齢前に亡くなった人が支払った保険料は年金支払いに繰り入れられる。)

内閣府の「高齢社会白書」によれば今後少子化が進展し、2020年には年金受給者一人を2.0人で、2040年には1.5人で支える事になる云々。よって、このまま少子化が進めば年金制度は破綻する事になる。しかし年金は人数ではなく、金額の問題である。保険金を支払う現役世代の減少率は0.5%/年程度であるから、この程度以上に賃金が増加すればそれに伴い保険料も増収となるで問題ない。 実際、アベノミクス開始以降失業率が低下し、労働力人口は増えており総賃金は増加している。一方最近、賃金は上がってない、上がるどころか下がっていると平均賃金を見て言う人がいるが、以下の様に平均賃金でみると間違いやすい。

昨年
Aさん  失業中 月給0円
Bさん  月給20万円 
Cさん  月給30万円     
この場合平均給与は(20+30)/2=25万円

今年
Aさん  仕事が見つかって 月給15万円
Bさん  少し賃上げして 月給22万円
Cさん  少し賃上げして 月給33万円 
この場合、平均給与は(15+22+33)/3=23.3万円 
三人とも今年の所得は増えているのに平均賃金は下がっている。

では、なぜ、誰がこのような誤った情報を流布するのか?まず第一に増税したい財務省。「社会保障」の不安を煽れば増税もやむなしという空気を醸成できる。金融機関も「年金が危ない」という考えが浸透すれば、さらなる投資や年金保険等の商品が売りやすくなる。実際、年金を受給しても2,000万円貯蓄が無いと危ないという説が世に出てから、金融商品の売り上げはかなり増えているようだ。

本書は数学の塊のようなマクロ経済学を出来るだけ分かりやすく説明するため、高橋先生が高校生と対話するという形式で構成されている。著者は常に定量的で、数値をグラフにして説明しているので分かりやすい。他にも財務省の嘘を糾す本やネット記事も多数あるが、本書は高校生相手という事で専門用語の意味、定義を丁寧に説明してくれている分だけ分かりやすい。(といっても難しいものは難しい)。本書では最後に私的年金の選択指南をしているが、イデコが良いという結論になっている。

小説と違い、新書の書名は編集者が決める事が多く、売らんがために老後の不安に対処するというような意味合いでこの書名を付けたと思われる。それは腰巻の惹句にも良く表れている。しかしながら本書の主眼はバブル崩壊以降、 所謂「失われた20年」の間、デフレが続き、経済成長が停滞したのは 政府(財務省)、日銀の政策の誤り である事を明確に指摘する事にある。

米中は順調に成長しているが、
日本は1995年以降停滞している。

2012年末の衆議院選挙で大勝した安倍首相はアベノミクス第一の矢として大規模金融緩和を実施するため、日銀総裁に黒田東彦氏、副総裁に岩田規久男氏を起用した。これに対し著者は「(中略)この日は、日本経済にとって歴史的転換点であり、私にとっても忘れられない日となった。日銀が本当の意味で変わった日になったからね(後略)」と喜びを率直に披歴している。アベノミクスを悪く言う人は多いが、定量的にきちんと見て行けばかなりの成果が出ていると言える。惜しむらくは10%の消費増税であった。

ヒマつぶしの作法/東海林さだお

東海林さだお氏は漫画家であるが、エッセイも多数上梓されており、過去のヒマつぶしに係るエッセイを集めたのが本書である。

言うまでも無い事であるが、「ヒマ(な状態)にしている」と「ヒマつぶしをしている」とは全く違う。本書では著者がこれまでに経験した数々の「ヒマつぶし」が紹介されている。ルンバ(掃除機)を眺める、釣り堀、洗濯、はとバス、ダンス、テニス、キャバレー、料理、ストリップ、熱海温泉等々。これらをかなり正確に記録し、得意のイラストも使って半笑い(或いは企まざるユーモア)溢れるエッセイに纏められている。チコちゃんに叱られる程度にボーっとしていては決して出来ない仕事である。

極め付きは温泉旅行である。「正調温泉一泊作法」というエッセイの冒頭を引用する。「『たまには温泉にでも行って、ノンビリしてくっか』誰しもそう思う。そう思って、出かけて行ってですね、一度でも《ああ、ノンビリした。楽しかった。いかった》と、帰って来たことがありますか。なんだかひたすらあわただしかった。あれもしたい、これもしたい、と、ウロウロしたけど、結局何もできなかった。ちっともいくなかった。というのが、ごく一般的な、いつわらざる感慨だと思う。(中略)それはなぜか。それは誰もが、″正しい温泉旅行のあり方″というものを認識していないからなのだ。つまり、″正しい温泉旅行の教典″がないからなのだ。」

そこで編集部の二名を加え三人で正しい温泉旅行の規範を作ることになった。まず、泊数であるが「全体をキリリとひきしめたい」との理由で一泊が正統と決定。これより「表温泉旅行道一泊派」を名乗ることにする。宿泊地は熱海、移動は新幹線。宿泊は「当然和風旅館、畳の間、浴衣、丹前、頭に手ぬぐい、廊下スリッパペタペタの世界が現出されなければならない」。この調子で教義がどんどん定まって行く。「しなければならないこと」は射的、浴衣スリッパピンポン、芸者、パチンコ、スマートボール、湯の町遊弋、マッサージ、お土産、ホテルのレビューショー。これらを満足できるのは「ホテル ニューフジヤ」。そしてホテルには午後5時に着かなければならない。

これらの教義を定め最終的に決定した作法は;
5時:ホテル到着
6時:入浴
7時:夕食
8時:外出(射的)
9時半:OSK日本歌劇団レビューショー
10時:芸者到着
12時半:マッサージ到着
1時半:就寝
翌朝7時:起床直ちに朝風呂
7時半:朝食+朝ビール

そして温泉一泊旅行の神髄を悟る。曰く「温泉一泊旅行の神髄は、実は朝風呂ではなく朝ビールであると。朝風呂は朝ビールに至る道程であったと。われわれは遂に一泊温泉の奥義を極めたのだ。『温泉一泊旅行といふは、朝ビールと見附けたり』」。少々補足すれば前夜の所業は朝風呂への、朝風呂は朝ビールへの道程/助走であったと。

ヒマつぶしはボーッとしていては成らず、日程を考え、段取りを考え、予算を考え、その他、諸事百般を頭に入れ、真面目に本気で取り組まなければならない。そうでなければ、後世に語り継がれるような立派なヒマつぶしを成就する事は出来ない。本書の教訓を肝に銘じて自身のヒマつぶし人生の参考としたい。

余談であるが、本書には腰巻の惹句にあるように、いとうせいこうとの対談(2019年夏収録)がある。私は、彼の髪型が変なので余り良い第一印象を持っていなかったが、本対談で披露された発想力は素晴らしいと感じた。「いとう 僕は物事をものすごく忘れるんです。そこでど忘れしたことを思い出したら、その喜びを筆ペンで書いて残すことにしたんです。(中略、サンドウィッチという言葉が出てこなかったとすると)それを後から見てなぜサンドウィッチが出てこなかったんだろうかと自問する。なぜそういうことが起きてしまったんだろうかと。サンドウィッチ伯爵に対しての何かが僕の中にあって抑圧しているとか。自分の弱点を趣味化したんです。」

この提案にショージくんは大いに賛同し、いつでも記録に留める事が出来るように矢立を持って歩くべきだ等々、話が随分広がっていった。確かに面白い試みである。年々歳々ど忘れ、特に人の名前が出てこなくなった自分としてはそれを記録して振り返るのは一つのヒマつぶしになりそうだ。但し、忘れたことを忘れてしまってはどうしようもないが。

決算!忠臣蔵

「決算!忠臣蔵」という映画を見た。堤真一が大石内蔵助。勘定方の矢頭長助を岡村隆史が演じる。(但し矢頭は途中で死んでしまう)。浅野内匠頭は阿部サダヲであるが、どうも「いだてん」のマーちゃんのイメージが被り、何となく違和感があった。その他、脇役にも沢山人気者が登場し、豪華な配役である。

当時の蕎麦一杯は十六文であるが、現在の蕎麦一杯を480円として一文30円で全ての物価を換算するという字幕が冒頭に出る。一両=四分=十六朱=四千文。一文を30円で換算すると一分は千文なので3万円、一両は四分で12万円になる。

討入を決意するまでの経緯が結構笑えるが、討入と決まった時の予算は9500万円。ここから諸経費が引かれ、矢頭ら勘定方は予算内に収めようと頑張るが字幕に出る残金がどんどん目減りし、最後には討入志願の100名以上の侍をリストラして四十七士まで削る。それでも赤字になるところであったが、討入を浅野内匠頭の命日である3月14日から月命日の12月14日に変更し、三か月分の生活費、経費を浮かして何とか討入が出来た。映画では討入の演習はあるが、実際の討入場面は無い。なんでも討入の無い忠臣蔵映画はこれが2作目なんだそうです。

落語を聞いていると十六文の蕎麦を一文かすめる「時そば」から一文も無くなった宿屋の客が千両富を当てる「宿屋の富」等々金にまつわる噺は色々ある。それらを聞いていると何となくその当時の物価みたいなものが分かってくるような気がする。江戸時代の物価は討入のあった元禄十五年(1702)と幕末ではかなり違う筈であるが、元禄時代と限定してもこの映画で言うところの一文30円、一両12万円は少々高いのではないか。

落語には駕籠に乗る時、どこそこへ二百(文)でやっとくれ、とか五百(文)でどうだ、などと言う場面がよく出てくる。駕籠賃の交渉であるが、二百は6,000円、五百は15,000円になる訳で、今どきのタクシーと考えてみてもそれ程安くは無い。或いは吉原の宵勘で二分いくら取られたが女が来ないと嘆く場面でも二分は60,000円となり、高い感じがする。(宵勘とは女郎が来る前に玉代を払う。振られると誰も来ない)

一般的には一両10万円という人が多い。これは当時と現在の米価を比較して目算を付け、キリが良いという事でこの値にしたのだろう。これだと一分が25,000円になるが、私の感覚では一分20,000円位の感じである。そうすると一両が80,000円、一文が20円。よって二八蕎麦十六文は320円になる。今でも立食いかけ蕎麦なら320円で食える所はありそうな気がします。

映画としてはどうなんでしょう?私が最近見た邦画では中井貴一主演の「記憶にございません」よりは良いと思います。

そんな事より気になるの/タブレット純

タブレット純は元マヒナスターズのメンバーだった事もあり、何枚かムード歌謡的な歌を出していますが殆ど売れていません。今年は新曲「夜のペルシャ猫」を出しましたが、これも売れていないので自分のラジオ番組で何度も掛けています。しかし残念ながらこれと言った効果は表れていないようです。

この歌はまともなムード歌謡なんですが、寄席やライブでは小学生の時の算数の文章題をネタにして替歌のよう歌って笑いを取っています(ネタバージョン)。自分の持ち歌をお笑いのネタにしてしまうのは珍しいパターンです。

そんな事より気になるの/タブレット純
トホホ度 ★★★☆
お笑い度 ★★★
意味不明度 ★★★
そんな事より気になるの(ネタバージョン)/タブレット純

ことわざアップデートBOOK/TOKYO MX「5時に夢中!」編

東京MXTV(9ch.)で月曜から金曜、午後5時から「5時に夢中」という番組がある。司会は月~木がふかわりょう、金曜日が原田龍二。日替わりのレギュラーコメンテーターと日替わりゲストが登場する。この番組は2005年に始まり、マツコ・デラックスやミッツ・マングローブを世に出している。超売れっ子になったマツコもこの番組に恩義を感じているのか、安いギャラにも関わらず、毎週月曜日に出演している。

「ことわざアップデート」は人口に膾炙することわざを、今風にアップデートするという興味深い試みである。既に始まって5年を経過し、この間の作品を纏めたのが本書である。現在は毎週木曜日に「名人」岩井志麻子(作家)、「師範代」中瀬ゆかり(新潮社出版部長)、「見習い」ジョナサン(芸人)と視聴者の案を紹介し、その回のベストをふかわが選出する。最近の作品は下ネタが多く、TVではケラケラ笑いながら見ているが、それを文字として読むと結構エグイ。きついのは避けて作品のいくつかを引用する。

<2015>
● 溺れる者はワラをも掴む → 欲求不満な者は蒟蒻をも掴む
● 石橋を叩いて渡る → 警察にセコムする
● 泣きっ面のハチ → 金欠病に住民税
● 玉にキズ → フェラーリに5時夢ステッカー
● 花より団子 → ブラピよりカルビ
● 寝耳に水 → 窓の外にお兄さん
● 猫に小判 → ハゲにリンス

<2016>
● 水と油 → 港区と足立区
● 糠に釘 → ハゲにクシ
● 武士は食わねど高楊枝 → ブスはナンパされねどピンヒール
● 匙を投げる → 体重計を捨てる
● 触らぬ神に祟りなし → 発言しなけりゃスベリなし
● 風前の灯火 → 台風の前のビニ傘
● 軒を貸して母屋を取られる → 一口頂戴で皿ごといかれる

<2017>
● 井の中の蛙大海を知らず → 胃の中のカルビ体形を知らず
● 犬が西むきゃ尾は東 → 全裸で町出りゃ手は後ろ
● 虎の威を借る狐 → Lの衣(装)借りるとキツめ
● 賽は投げられた → パイは舐められた
● 藪をつついて蛇を出す → エゴサーチして涙出す
● 捨てる神あれば拾う神あり → 捨てるキー局あれば拾うMXあり
● 毒を喰らわば皿まで → 娘を喰らわば母まで

<2018>
● 雨降って地固まる → デキちゃって籍固まる
● 金持ち喧嘩せず → Gカップ胸寄せず
● 泥棒を見て縄をなう → ラブホに入って腹筋なう
● 破れ鍋に綴じ蓋 → 草食男子に肉食女子
● 一寸の虫にも五分の魂 → 無職にも曜日感覚
● 帯に短し襷に長し → セフレには重たし彼女には違うし
● 貰うものは夏も小袖 → 貰うものはハゲもカチューシャ

毎回結構な下ネタを出す回答者又は放送作家の才能には脱帽である。しかし、よくまあこんな本を出すなあと思う反面、予約して買う馬鹿もいるので、まあ、よしとしょう。

全くの余談であるが、例の原田龍二の黒のランクル事件が文春に出たのが5月30日(木)。翌31日(金)の5時に夢中は彼が司会。アシスタントはミッツ・マングローブ、レギュラーコメンテーターが中尾ミエ、ゲストがホリエモン。この3人で原田龍二に言訳をする暇も与えずイジリまわし、大笑い。翌週の6月5日(水)13時からのデイズ(ニッポン放送)は原田龍二担当でアシスタントはニッポン放送アナウンサーの東島衣里。東島は冒頭から、今回の件についてキチンとリスナーに説明して頂きます、とか、奥様にはどう報告されたんですか?等と詰問調で迫り、ついに原田龍二は泣いてしまう。東島アナは真面目で良いんだけれど原田を攻めているのを聞いても面白くもなんともない。これまで出てなかった話を引き出し、5時に夢中の様に笑いに変えてしまう度量が欲しかった。

絵を見る技術/秋田麻早子著

映画を見たり、小説を読んだりするのと違って絵は2秒あれば見られる、或いは見たことになる。逆に一枚の絵を何時間も見ている人もあれば、何日も絵の前に陣取って模写している人もいる。絵の見方は色々あると思うが、本書はその基本を分かりやすく説明している。腰巻にもあるように「名画の構造を読み解く」事が目的である。

少し長いが、序章の一部を引用します。「(前略)理由はなんであれ、歴史的名画をちゃんと見られるようになりたい、と思う人が増えているのは確かでしょう。しかしながら絵を好きなように見てもいいんですよと言われても、どこから手をつけていいのか分からないものです。これで合っているのだろうか、と不安な気持ちにもなるでしょう。反対に、絵の背景知識を深めないと絵はよく分からない、と言われると、今度はたくさん勉強しなくてはと思ってしまいます。一方は感覚に頼る方法で、もう一方は知識に頼る方法。もちろん、どちらも必要なことは確かですが、センスに自信が無く、知識が僅かしかなくても、絵をちゃんと見る方法はないものでしょうか。」

この文は正しく我々素人の絵に対する思いを代弁しています。この問いに対する著者の回答は「『好きなように見る』と『知識を持って見る』の間にあるものはなんでしょう。それは『観察』です」。要するに漫然と「見る」のではなく「観察」せよと。「観察」とは目的を持って「見る」事であり、「観察」するためには「スキーム(見るための枠組み)」が必要である。本書はこのスキームを多くの名画のカラー図版を使って分かりやすく説明してくれます。

第1章 「この絵の主役はどこ?」-フォーカルポイント
    まず絵の主役をさがす。
第2章 「名画が人の目をとらえて放さないのはなぜか?」-経路の探し方
    画面の中の視線誘導。
第3章 「『この絵はバランスがいい』ってどういうこと?」-バランスの見方
    構造線を見つける。
第4章 「なぜその色なのか?」-絵具と色の秘密
    色の見方
第5章 「名画の裏に構造あり」-構図と比例
    構図の定石を知る。
第6章 「だから名画は名画なんです」-統一感
    絵の表面的な特徴

私には「視線誘導」、「構造線」、「構図」の章を興味深く感じた。絵を見ると色味やタッチに目を奪われがちで、構造線と構図による視線誘導には殆ど意識がなかった。 構造線は絵のバランスを決める骨組みのようなものでボッティチェリからモンドリアンまで、これで説明されているのには少々驚いた。 構図は言うまでもなくルネサンス以前から多くの研究があり、それに加えて黄金比に代表される矩形の比例、比率の研究が相まって近代絵画にその成果が上手く取り入れられている事が分かる。

我々が絵を見る際に何をどう見れば良いか、という指針が非常に分かりやすく説明されており、入門書としては最適だと思われる。これまでこういう本が無かったためか良く売れているそうです。

POPS PUNCH/平凡パンチ800号記念レコード

珍しいレコードを見つけました。平凡パンチ創刊800号を記念して発売された二枚組のLPで定価3,000円。平凡パンチは昭和39年(1964)に定価50円で創刊されたので800号発売は昭和54年(1979)になる。平凡パンチは週刊プレイボーイとライバル同士であったが、パンチは昭和63年(1988)に休刊となった。当時はキヨスク(その頃は鉄道弘済会と呼ばれていた。)でドキドキしながら買った覚えがある。

レコードの内容は60、70年代のヒットポップスが26曲入ったオムニバス盤。曲のつなぎに小林克也とシリア・ポールの曲にちなんだ喋りが入っている。最近はこういう遊びをやる人が無くなった。こんな遊びが出来る曲が無いという事でしょうか。

以下にレコード各面をアップロードしてみましたが、何しろ、古いレコードなので、音質は今市です。

レコード1-A面

曲目リスト

レコード1-B面

レコード2-A面

レコード2-B面