ブラジル音頭/殿様キングス

毎年夏になると、今年こそはボサノバが来るぞ、と思いつつ全然来ません。ボサノバのルーツと云えるサンバも今一つかと思いきや、浅草のサンバカーニバルのお蔭か、リオ五輪の影響か、サンバは以前よりは盛り上がっているような気がします。

そんな事とは全く関係なく、何故か、サンバと音頭を無理やりくっつけ、タイトルも「ブラジル音頭」とした安直さが非常に心地よいです。歌はサンバなのに全く無視して、いつも通り、おさむちゃんがこぶしまくっているので、安心して聞けます。最近は盆踊りに浴衣姿のワカイシが増えているそうで、陽気で調子の良いこの曲はリバイバルするかも知れません。

トホホ度 ★★★☆
お笑い度 ★★★
意味不明度 ★★★

いとしのすっとこどっこい/青江美奈

この歌は以前のブログに取り上げましたが、そのブログが破壊され、復刻も出来ませんでした。しかし、この名曲を埋もれたままにするのは勿体ないので、再び取り上げます。

写真でも分かるようにCDシングルで写真も上手く、色っぽく撮れています。(何処に修正が入ってっているかは分かりません。)

青江三奈といえば「伊勢佐木町ブルース」のハスキーな歌声がウリですが、ああいう歌謡曲の外にジャズもかなり歌っています。この曲はジャズのバラードを意識した作りですが「すっとこどっこい」とは良いタイトルを付けたものです。

歌詞の中に「タウンページを広げて閉じて、どこに電話するやら」とあり、少々時代を感じます。電話帳をひっくり返してピンクの電話に十円玉をジャリジャリ入れてウジウジと話してた頃が懐かしい感じがします。

トホホ度 ★★☆
お笑い度 ★★☆
意味不明度 ★★

すごい葬式/小向敦子著

本書のモットーは「『ボケて死ぬ』のではなく『死ぬ前にボケをかます』」。臨終や葬式という悲しい状況に於いて如何に笑いをとるか?

過去に他人または自分の死や葬式を笑い飛ばすという話は洋の東西を問わず多数ある。

東海道四谷怪談の作者である鶴屋南北は文政十二年(1829)11月27日に没したが、自分の法要の詳細な台本を書き残し、翌年正月十三日に四十九日の法要を兼ねて葬式が行われた。寺の境内には茶店あり、萬歳の芸人ありで初春萬歳の盛大なパロディであったが一周忌には更に歌舞伎顔見世のパロディを催行するという念の入れようであったそうな。

エリザベス・テイラーは自分の葬式に15分遅刻したという。生前、彼女は遅刻の常習犯で、葬儀の開始を参列者に案内した時間より15分遅らせて始めるように遺言に書き置いた。自分の葬式にも遅刻しないと気が済まないというハリウッド女優魂を見た気がする。

関西の笑満亭橋鶴師匠の臨終を描いた中島らもの小説「寝ずの番」のエピソードは有名である。以下引用

「いよいよであろうと思われるとき、兄弟子の橋次が橋鶴師匠に『何か心残りはないか、やっておきたかったことはないか』と伺ってみた。すると師匠が『そそがみたい』と答えた。小説の語り手である『俺』こと橋太は、妻・茂子のそそを見せることにした。覚悟を決めた茂子が師匠の病床に上がり、師匠にまたがり、スカートをまくって見せた。めでたし、めでたし・・・となるはずが、感想を尋ねられた師匠が『そそやない、外が見たいというたんや』そう言い残し息を引き取る。」
臨終の場を想像すると、笑えます。

この他にも落語、川柳、狂歌には死を笑い飛ばす作品が沢山あり、ここで多数紹介されています。だがそれだけではなく、死に方に関する厳しい提言もあります。著者によれば地球人口約72億人の殆どが今後100年以内に死んでいくので火葬や土葬するための土地や設備、墓場も非常に不足するんだそうです。(そう言われるとそんな気がしてくる)また、AIやロボットの手を借りる事にもなり、これまでになかった色々な葬式の形態が提案されています。

著者はこのような話を纏めてGerontology(老年学)の研究を提唱しています。「個人と社会にとっての高齢化と死に関わる課題を、医療・心理・経済・歴史・哲学・文学・文化・芸術など学理的な視点から研究する。『加齢学』や『老人学』と和訳されることもある。」そうです。これを見るとなんでもアリという感じで、どんな学問になるのか検討が付きません。ところが、言いっぱなしにしないのが著者の凄い処でちゃんと18科目のシラバス(科目の紹介文)が用意されています。如何に科目名の一部を並べてみます。

No.1「笑いの医学的効果/老病死と笑い」
No.2「笑われても平気な心理学/間違いと失敗は笑うに限る」
No.3「ユーモアを生み出す語法/言葉遊びから学ぶユーモア・センス」
No.4「文学の中のユーモア/ユーモア自分史」
No.5「笑いのヒストリア/ユーモアの歴史」
No.6「笑って死ねるための法律学/笑える遺産の残し方」
という調子でNo.18迄続いています。著者は高千穂大学人文科学科教授ですが、実際にこういう講義をやっているのでは無く、こういう事をやりたいという強い気持ちが読み取れます。どこかの金持ちが出資してこういう講座を作ってくれたら、是非聴講したいものである。

本書の巻末には169件の参考文献と参考URLが列挙されている。URLの中には先日死去した桂歌丸と当代三遊亭圓楽が笑点でやりあう議事録まであり、実に研究の幅が広い。少なくとも老文人が訳分からん死生観を語るようなエッセイとは違うエネルギーを感じます。

やっぱ志ん生だな/ビートたけし著

本書の前書きのタイトルは「はじめに 突然変異の化け物か!?」で曜変天目の茶碗が努力だけで出来るものではなく偶然の要素が必要であることになぞらえて「古今亭志ん生にもああいうもと同じ凄さを感じてしまう。」と書いている。確かに志ん生の落語が好きな人は大なり小なり、著者と同じことを感じていると思う。

前書きの後、全五章に渡って志ん生の芸を分析している。その中で「弥次郎」、「粗忽長屋」、「鰻の幇間」、「道具屋」、「お見立て」、「富久」、「黄金餅」、「寝床」、「火焔太鼓」、「あくび指南」、「大工調べ」、「人情八百屋」、「芝浜」、「幾代餅」、「野ざらし」を例に挙げ、その凄みやギャグが紹介されている。ビートたけしのそれぞれの解説を読むとすぐにでも聞いてみたくなるが「人情八百屋」だけは全く笑う要素がないので後回しにしましょう。この中から私なりにベスト5を選ぶとすれば「富久」、「あくび指南」、「火焔太鼓」、「黄金餅」、「寝床」というところか。

私としてはこれ以外に「三軒長屋 上、下」を加えたい。これを初めて聞いたのは高校生の時にオールナイトニッポンが終わった後の「早起きもいちど劇場」の録音であったが、自分なりにスゴイと思い、それ以降、何度も聞いた。だがラジオの録音で音が悪かったので就職してからNHKのCDを買ってまた聞いた。

全体的に解説はきめ細かいとは言えないので音を聞いたことが無い人にはちょっと伝わりにくい。もう少し丁寧に書いて欲しかった。(ちゃんとしたゴースト・ライターが居ればそうなったかもしれないが)。例えば「黄金餅」で金を包んだ餅を食って死んだ乞食坊主、西念の死体を下谷の山崎町から麻布絶口釜無村の木蓮寺まで運ぶ途中にどの道をどう通って、どこの角を曲がって等々を全て喋る(これを道中立て、という)という見せ場があるが筆足らずで、その面白さと凄さが伝わりにくい。「富久」、「寝床」も同様。この辺については少々長いが立川談志の「5大落語家論」の方が分かりやすいかも知れない。

志ん生論といえば必ず出てくるのが「間」。本書でも志ん生の間が絶妙としてその例がいくつか挙げられているが、これには少々異論がある。「間」というのは「え~」とか「あ~」とか「う~」と言ったり、喋りの途中での短いポーズであったりするが、これらを志ん生がいちいち計算でやっているようには思えないのだ。確かに噺の始めのマクラの部分では、その日の客の入り、小ネタの受け具合によって「間」を作っていたかもしれない。しかし、志ん生は50過ぎてから売れたので、慣れた噺でも次のセリフがすぐ出てこないことがあり、それがポーズすなわち「間」になっている。この巧まざる「間」が志ん生独特のテンポになって笑いを誘うのではあるまいか。そうであるからこそ誰も真似できず、またビートたけしが「越えられない」という所以だと思う。

志ん生論は数々あるが「富久」の久蔵が旦那宅の火事に駆けつける場面描写を「落語を『画』と『カット』でとらえる」として遠景、ミドルサイズ等のカット割で説明しているのはさすがに世界の北野監督。こんな落語解説は初めてだ。生前の志ん生にこの説明を聞かせたらどんな顔をしただろう?「なにぃ、お前さんねえ、活動てぇものと落語てのは全然違うもんだ、てぇんだよ。そんなことも分んねぇのかよ。ここんとこ、活動の方が人気出ちゃったりして、寄席の客が減っちまったぢゃねえか。どうしてくれるんだよぉ、えぇ~。」なんて言うかね?

尚、志ん生の音はメニュー中の「落語」からのリンクを辿れば聞けます。

I Love My Shirt / Donovan

毎週日曜日の17:55からラジオ日本(昔のラジ関)で放送中の「宮治淳一のラジオ名盤アワー」を録音し、ウォークマンで聞いている。この番組はラジ関時代に収集されたEP盤を「日本一のレコード好き男」と自称する宮治淳一氏が選曲してかける、ただ、それだけの番組であ。しかし自分の知ってる曲、知らない曲入り混じり宮治氏の興味深い解説もありで、面白い。以前このブログで紹介した”Crazy”(3月19日)もこの番組で聞いた。

先日、昼休みに辛味噌ラーメンを喰いながら聞いていたら、突如この歌が掛かった。ドノバンである。この歌は高校時代に何度も聞いた、だから覚えているのであるが、それから幾星霜、記憶の彼方に飛んでしまっていたドノバンが突如蘇ったのだ。大袈裟でなくジーンと来て、ラーメンの辛さもあり、つい涙目になってしまいました。

ドノバンはもう忘れられているかもしれませんが、デビュー当時はにボブ・ディランかドノバンかと言われ(勿論ボブ・ディランの勝利であるが)色々ヒット曲があり「サンシャイン・スーパーマン」や「メロー・イエロー」は今でも覚えている。

この歌(邦題:ぼくの好きなシャツ)は僕の好きなシャツ、ジーンズ、シューズがある。褪せても、擦り切れても、穴があいてもそれが良いんだよ、という実にホノボノ、のんびりとした歌です。こんな歌がヒット・チャートに入っていたんだから、当時は良い時代だったとシミジミ思う今日この頃です。

Do you have a shirt that you really love?
あなたは本当に好きなシャツを持ってますか?
One that you feel so groovy in ?
あなたがとってもカッコ良いと感じるやつ
You don’t even mind if it starts to fade
貴方はもしさシャツが褪せ始めても心配なんかありません
That only makes it nicer still
それだけでシャツが更に良くなります。

I love my shirt, I love my shirt
僕は僕のシャツが好き、僕は僕のシャツが好き、
My shirt is so comfortably lovely
僕のシャツはとても気持ちよくてかわいい
I love my shirt, I love my shirt
僕は僕のシャツが好き、僕は僕のシャツが好き、
My shirt is so comfortably lovely
僕のシャツはとても気持ちよくて帰ってかわいい

Do you have some jeans that you really love?
あなたは本当に好きなジーンズ持ってますか?
Ones that you feel so groovy in ?
あなたがとってもカッコ良いと感じるやつ
You don’t even mind if they start to fray
貴方はもしジーンズが擦り切れ始めても心配なんかありません
That only makes them nicer still
それだけでジーンズが更に良くなります。

I love my jeans, I love my jeans
僕は僕のジーンズが好き、僕は僕のジーンズが好き、
My jeans are so comfortably lovely
僕のジーンズはとても気持ちよくてかわいい
I love my jeans, I love my jeans
僕は僕のジーンズが好き、僕は僕のジーンズが好き、
My jeans are so comfortably lovely
僕のジーンズはとても気持ちよくてかわいい

When they are taken to the cleaners
それらが洗濯屋に持って行かれた時
I can’t wait to get them home again
僕はそれらがまた帰ってくるのを待てない
Yes, I take ‘em to the cleaners
ええ、僕はそれらを洗濯屋に持って行く
And there they wash them in a stream
そしてそこで、洗濯屋は次々にそれらを洗う
Scrub a dub dub
ゴシゴシ ジャブジャブ(注)
And there they wash them in a stream 
そして洗濯屋はそれらを次々にあらう。
Know what I mean
意味わかる?

Do you have some shoes that you really love?
あなたは本当に好きな靴を持ってますか?
Ones that you feel so flash in ?
あなたがとってもカッコ良いと感じるやつ
You don’t even mind if they start to get some holes in
貴方はもし靴に穴が空き始めても心配なんかありません
That only makes them nicer still
それだけで靴が更に良くなります

I love my shoes, I love my shoes
僕は僕の靴が好き、僕は僕の靴が好き、
My shoes are so comfortably lovely
僕の靴はとても気持ちよくてかわいい
I love my jeans, I love my jeans
僕は僕のジーンズが好き、僕は僕のジーンズが好き、
My jeans are so comfortably lovely
僕のジーンズはとても気持ちよく可愛い
I love my shirt, I love my shirt
僕は僕のシャツが好き、僕は僕のシャツが好き、
In fact, I love my wardrobe
実際、僕は自分の衣装が好き

 

(注)”Scrub a dub dub”は嫌がる子供を風呂にいれるため、母親が歌って聞かせる一種の童謡で、英語人なら誰でも知っている筈です。綴りや歌詞に色々バリエーションがあり、どれが定本かは不明です。この歌を持ち出すあたりはドノバンの優しい性格の発露でしょうか。

セックスと恋愛の経済学/マリア・アドシェイド著 酒井泰介訳

著者はカナダのブリティッシュコロンビア大学の経済学教授で”Dollars and Sex”というタイトル(分かりやすいタイトルです)で彼女の講義を纏めたものです。セックスと恋愛に関する問題を経済学的知見を持って解くことが目的であり、そのため多くの調査、文献の検討を行い、問題の解と今後の見通しを記述しています。例えば娘を大学に行かせるにあたり親としては貞操が心配である。この場合どちらの大学へ行かせるべきか?
(1)男子学生の割合が多い大学
(2)女子学生の割合が多い大学
答えは(1)。何故か?「物価は需要と供給によって決定される」という原則が適用され(1)では男子学生数が多いため、需要過多となるので女子学生は安売りする必要が無い。(2)では逆に供給過多になり、女子学生間の競争が発生するため、どうしても安売りとなる。

こんな調子で恋愛、結婚、不倫、売春、離婚、LGBT等が論じられていく。各検討には米国とカナダのデータが使われており、これらのデータの中で重要な因子は学歴、人種、宗教、収入である。イケメンがブサイクかは定量的に表しにくいが、勿論検討の因子加えられており特にSNSの婚活サイトでは豊富なデータが収集できている。

米国やカナダのような学歴社会では学歴によって就職、ひいては生涯年収が決まってしまう。しかしながら大学の授業料は非常に高く、優秀であれば奨学金を得られるが、そうでない場合は我が家の収入を考えて進学を諦める場合も多い。十代の妊娠が白人と黒人では黒人、富裕層と貧困層では貧困層の方が多いが、これは大学進学の見込みのある女子高生は妊娠によって大学進学に支障が出る可能性があるため慎重になる。しかし、進学を諦めている女子高生はそのような抑止力が働かない。

米国で生徒の妊娠を防ぐため無料コンドームを配布した高校がある。しかし妊娠は増加した。著者は「初体験は経済学的に言えば固定費用を払うことと心理的に似たところがあります。(中略)学校がコンドームを置くようになると、純潔喪失の期待費用が下がり、すると短期的にも長期的にも性行動を促すようになるのです。学生たちは早く性体験に踏み切るようになり(短期的反応)その後もセックスをし続ける(長期的反応)のです。短期的にはコンドームの装着率が上がり妊娠率は下がるかもしれません。しかし、長期的な妊娠率は上がる可能性があります。コンドームはえてして間違った装着法をされるからです。」(ここで費用はコスト、すなわちリスクと読み替えると分かりやすい。)

その他に面白いのはネットの婚活サイトの調査。例えば女性は貧乏イケメンと金持ちブサイクの二者択一なら金持ちブサイクを選ぶ。では貧乏イケメンと金持ちイケメンではどちらが交渉成立しやすいか?答は貧乏イケメン。彼女達は金持ちイケメンの方が浮気の危険性が高いが貧乏イケメンは安心できると考えているらしい。

一般的に婚活サイトに登録する男女は、共に自身のプロフィール(身長、体重、学歴、年収等)をある程度盛る傾向があり、写真も少し若い頃の写りの良いものをアップする。婚活サイトではまず自分の理想とする身長、年収、学歴等をキーとして検索するため、まずはその検索に残る必要があるからだ。勿論検索する方も盛っているためお互い様だが、どちらもある程度自分の希望に合う人を探し出せる筈である。しかしながら、成立したカップルという婚活市場の平衡状態を調べると、男女とも当初に描いていた好み通りの相手と結婚しているとは限らない。彼らは結果的には自分と結婚してくれる相手と結婚している。要するに妥協の産物という事になります。(これ位の事は研究しなくても分かるような気がしますが)

これ以外に著者は今後の研究課題も提起しています。例えば好景気になると豊胸手術が増加する。景気後退局面には口紅がよく売れる。不景気な時は整形手術は高いので口紅を買う位にしておくという事らしい。そうであるならば不景気な時は買春を諦めてお手軽な性玩具が売れるのではないか?すなわち「性玩具の市場動向が景気の先行指標たりえるか?」という問題です。新しい研究が纏まれば彼女のホームページに公開される筈ですので、それまで楽しみに待ちましょう。

このように本書は統計的、経済学的手法により様々な問題を解き明かしており、結局セックスも恋愛も「費用対効果」の観点から説明できる事が良く分かります。

しかしながら、これらの研究は全て、米国、カナダでのデータに基づいて分析されているため米国ほどの学歴社会では無い日本ではどうなのか、が分かりません。巻末に約100件の参考文献がリストされていますが、この中に日本の研究成果は一篇もありませんでした。(一つだけ共著者に日本人らしき名前が見つかりましたが、本当に日本人かどうかは不明です。)もっとも日本人研究者が「性玩具市場動向調査」という名目で文科省に科研費を申請しても、通る見込みは無いと思いでしょう。

巻末にリストされている文献でインターネット検索でヒットしたものを少し眺めてみましたが面白いです。試しに本書の最初に引用されている文献を紹介しましょう。全文を引用する紙幅はないため結果を纏めたグラフのみを貼り付けています。タイトルは「男性の器官と経済成長:サイズが問題か?」

Westling, Tatu. “Male Organ and Economic Growth: Does Size Matter?”
Helsinki Center of Economics Research Discussion Paper, 2011

Figure 1は少々見にくいですが横軸を各国の平均男根長(cm)、縦軸をGDP($)としてプロットし、最小二乗法によって近似曲線を描いたものである。Figure 2は横軸は同じであるが、縦軸は1960年と1985年のGDPの比(伸び率)とし、近似直線を描いている。Figure 1によれば平均男根長が長すぎても短すぎても良くないようで13~14cm位の国がGDPが高いことが分かる。図より加、豪、ニュージーランドがこの範疇に入っている。日本は短いながら良く検討していると言える。Figure 2を見ると平均男根長が長い国は伸び率が悪く、短い国のほうが高い。平均男根長の短いアジア諸国が伸び率が高く長めのアフリカ諸国が低いという結果が出ている。この論文はまだDiscussion Paperという位置付けで、サイズとGDPの関係についての最終的な結論に至っていない。今後の研究が期待される。

茅ヶ崎心中/藤竜也

藤竜也を始めて認識したのは「時間ですよ」に毎回出てくる篠ひろ子の居酒屋。カウンターの隅でいつも何も言わずサングラス姿で飲んでいて、篠ひろ子ママと何かありそうな無さそうな雰囲気を醸し出していました。後の「愛のコリーダ」で一躍有名になりましたが、それまでは大部屋的なヤクザ、チンピラ役が多かったようです。

このEPは何と言っても横尾忠則のジャケットが素晴らしい。「茅ヶ崎心中」という大仰なタイトルがついてますが、これが返って横尾忠則のヤル気を出させたのか、イメージピッタリのジャケットになっています。

歌は上手いとは言えませんが、語りをどう評価するか難しいところです。語りの冒頭「心をあわせると書いて心中と申します。」と言ってますが「中」を新漢語林を引いてみると字義として「あたる」、「あてる」とあるので、この事を言っているようです。ちょっと無理があるような気がしますが如何でしょう?但し、用例には「心中」は載っていました。全般的に歌に比べて語りは上手いような気がします。途中「女が、女が笑っています。」の処はすこしゾクッと来ました。

トホホ度 ★★★
お笑い度 ★★☆
意味不明度 ★★★

私自身/いしだあゆみ

彼女は昔から痩せ型ではありましたが、最近の激やせは少々気になります。この歌は細野晴臣の作曲でいわゆるティン・パン・アレーの面々がバックを固めており、バックコーラスには山下達郎と吉田美奈子が参加しているという豪華版です。

しかし、バックグラウンドは忘れてこの歌を聞いてみると、どうでしょう?メロディがハッキリせず、カラオケで知らない曲を無理やり歌わされた、或いは酔ってヘロヘロ状態で歌詞だけを追いかけて訳分からん状態になったような悲惨な状況を思い出してしまいました。珍盤・奇盤と言っては失礼ですが、この歌を覚えて正しくカラオケで歌うのは至難のワザでしょう。ゆっくりと余裕を持ってブルーライト・ヨコハマを歌ういしだあゆみがヤッパリ良いですね。

週刊文春「シネマチャート」全記録/週刊文春編

大昔は多くの本を読んでいる学生が偉いとされたものであるが、自分の学生時代は沢山映画を見ている事を自慢する輩が多かった。その頃の私はレコードを買う事ばかりで、余り映画を見ていない。よって映画好きのJDと話が合わず、恋人どころか友人にもなれないという残念な事案も発生した。最近はTSUTAYAで借りたり、映画館に行ったりして、結構見ているが、やはり若いころ映画を余り見ていないという事実が我が人格形成にどのような好又は悪影響を及ぼしたのか、考えてみたが、良く分らない。

この本は週刊文春に連載されている映画評を再集計し、洋画ベスト200、邦画ベスト50を選出したものである。洋画のNo.1はルキノ・ビスコンティ監督の「イノセント」。見た覚えはあるが良く覚えていない。邦画のNo.1は大島渚監督の「愛のコリーダ 2000」。これは日本初公開時に掛かっていたボカシの殆どを取って、オリジナルに近づけたそうである。以前見えなかったものが見えるようになったのは誠に喜ばしい事ではあるが、これが邦画No.1というのはどうも違和感が残る。

本書の巻末に年度毎の興行収入ベスト3、キネマ旬報ベスト3が掲載されている。これと本書のリストを見比べるとかなりの違いがある。例えば興行収入上位の「スター・ウォーズ」、「スーパー・マン」、「インディー・ジョーンズ」、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」、「ジュラシック・パーク」、「タイタニック」、「ハリー・ポッター」、「ミッション・インポッシブル」、「パイレーツ・オブ・カリビアン」等々の有名な映画は本書のベスト200に入っていない。

私は「売れているものはやはり良いものだ」と考えており、ビルボードのTOP40や書籍のベストセラー、TVの視聴率等は常に気にしている。小学生の頃はTVのザ・ヒット・パレードのランキングを毎週一所懸命ノートに書き写していた。しかし、本書を見ると文春の評者はこれらの売れている映画には興味が薄いようで、見下している訳ではないと思うが、やや通好みの評価になっている。例えば同率1位の「地獄の黙示録」は良しとしても同じく1位の「フンクイの少年」、「トントンの夏休み」などは全く分からない。これに比べ、キネマ旬報のリストは興行成績上位の作品がリストアップされており自分の感覚に近い。

これから益々暇になるので、暇つぶしに映画を見るためのガイドと思ってこの本を買ってみたが、どうもしっくりこない。最初からキネマ旬報のベストテンを検索すべきであった。

朝の蝶/鶴岡雅義と東京ロマンチカ

この歌は鶴岡雅義と東京ロマンチカが歌ってますが、ボーカルは三条正人では無く、縣浩也(あがたひろや)という人だそうです。そのせいか、曲調は敏いとうとハッピーアンドブルーという感じです。鶴岡雅義お得意のレキントギターのソロもありません。

歌詞は軽いリズムに乗ってさらっと流れていきますが、突っ込みどころ満載です。
「朝の蝶だと私を抱いた 広い背中が鏡に映る」<—鏡張りの部屋に居るようです。
「掘れても~惚れてもないのに、男ってあんなに激しくなれるのね」<—御意

夜の蝶はどこの盛り場でも毎夜遊弋していますが、朝の蝶というのは初めてその生態が確認されたようです。この歌はカラオケで無く、最近息を吹き返してきたスナックのカウンターで新入りの娘をチラ見しながらニヤニヤ顔で歌うのにピッタリな歌ではないでしょうか。

トホホ度 ★★★☆
お笑い度 ★★★
意味不明度 ★★