経済で読み解く日本史❸江戸時代/上念司

日本史が高校で必修でなく(先進国の高校で自国の歴史が必修で無いのは日本だけ)自分はまともに日本史を勉強したことが無い。しかし歴史には興味がある。本書は人間の行動を縛る「銭」すなわち経済の動きを主軸にした新しい日本史である。経済の専門書に同様の論文は多々ありそうだが私のような素人にも分かるように平易に解説してくれてます。

本シリーズは文庫版の5分冊になっており
第1巻<室町・戦国時代>
第2巻<安土・桃山時代>
第3巻<江戸時代>
第4巻<明治時代>
第5巻<大正・昭和時代>

第1巻から読み始めるべきなんでしょうが、まず落語を通して馴染みの深い第3巻<江戸時代> から始めてみました。

当時は勿論経済学の理論は無く江戸時代の約260年間、幕府及び諸大名は色々な試行錯誤を繰り返し、成功と失敗を繰り返してきた。これらの結果を纏めると
●世の中はモノとお金のバランスによって成り立っている。
●お金が不足すればデフレになり、景気が悪くなる。
●景気が悪くなると普段は見向きもされない危険な思想に人々は救済を求める。

江戸時代初期の国家予算は約3,000万石であったが、幕府の天領での税収は400万石しかなかった。不足分を埋めるため、家康は全国の金山、銀山を手中に収めた。三大将軍家光までは独占した金銀を浪費し、幕藩体制を強固なものにした。教科書では浪費はイケナイ事となっているが、経済は発展し、八代将軍吉宗の頃に農業生産量はピークに達した。しかし、それ以降は金山、銀山を掘りつくしてしまい、財源不足が顕在化してきた。要するに税収を幕府が一括して徴収する中央集権体制になっていなかったのが根本的な問題であった。

その後幕府と諸大名は常に財政難と戦っていた。例えば幕府の財政難を克服するため改鋳が行われた。これは小判二枚を溶かして混ぜ物を加え、小判三枚にする。教科書ではイケナイ事だとされているが、これで幕府のお金の量が1.5倍になったので好景気となった。消費も喚起され米や米以外の作物も増収となった。しかし、享保の改革、寛政の改革等の緊縮財政政策によって不況になる。それ以降、著者云う処の「緊張と緩和」の繰り返しであった。

江戸も中期以降になると武士より町人の方が財力が豊かになる。幕府は治山治水、インフラ整備等の公共事業に掛かる費用を諸大名に拠出させるようになるが、大名とて火の車。いやいやながらも借金で賄うしかない。しかし、借金踏み倒しは頻繁に発生し、特に肥後の細川様は借金棒引きを繰り返し、信用を失ったようである。

江戸時代も末期になってくると開国を求める諸外国が日本に接近してくる。財政難による国難は開国を迫る諸外国が悪いという考えから、攘夷という思想が現れる。最後は開国せざるを得ず、明治維新となるが諸大名は借金が棒引き出来るので、廃藩置県という荒療治を受け入れたのではないだろうか。

その他薩長同盟も経済の観点から面白く解説されています。教科書では江戸時代は農民、町民が虐げられていた暗黒時代だと言われているが、実際には高度な通貨制度も整備され、町人が力を付け、軍事力も十分で外国に比べてもかなり良い状況だったのではないでしょうか?

現代でも借金はイケナイ、浪費はイケナイとして財務省主導の緊縮財政論がマスコミで流布されているが、景気は緊縮財政時に不況になっており、著者は現代においても緊縮財政ではデフレから脱却できないと云いたいのだと思います。

どうするの赤坂/山田邦子&高嶋政伸

高島家は芸能一家で有名ですが、色々と話題も多いようです。家長の高嶋忠夫は洒落た芸風の二枚目でしたが、糖尿病とか鬱病とかで、既に他界されてたかと思ってましたが、調べてみるとご存命でした。三男の政宏氏は若いころからヘビメタ好きで通っており、その業界筋では有名人でしたが、最近は自身でSM好きと公言され、飲み会では終始一貫、下ネタなんだと自慢しておりました。そのSM好きが高じて「変態紳士」という本を上梓されました。

早速読んでみたんですが、これが丸で駄目。トンデモ本にもなれない駄本。本人が書いた、いやゴーストライターだ、とかそういう問題でもない。SMが好きでSMショーを見に行った。どこそこのSM劇場のママさんとは顔馴染みとか今は無きナントカ劇場が良かったとか。そういう話で第一章が終わり、後はだらだらと食レポ的雑談とロックの話。腰巻の「プライドを捨てて変態をさらしたあの日から大切な人たちに愛されはじめた」という文句が空虚に響く。さすがにプロのコピーライターは大したもんだと思います。多分よほどの高嶋政宏ファンで無ければ私と同じ感想でしょう。(こんな本買った自分が情けない)

そこで彼をディスろうと思い、彼の歌を探してみましたがありません。よって連帯責任(?)で次男の高嶋政伸と山田邦子がデュエットしているこの歌にしました。カテゴリーは「珍盤・奇盤」としましたが、ボヤっと聞くと昭和の時代のムード歌謡という感じです。しかし、この歌にはマジなのか受け狙いなのかが私のような専門家でも判断が難しい部分があります。という訳で採点はちょっと甘めになりました。

トホホ度 ★★★
お笑い度 ★★☆
意味不明度 ★★★

悪妻盆に帰らず、日本語ごっこ/森真紀著

最近アマゾンで本を買うと、これまでの購入履歴から、お勧め本の広告が出てくる。なんか自分の性癖を読まれているようでちょっとヤな感じがする反面、知らなかった面白そうな本が出て来て嬉しい事もある。この二冊はアマゾン君が私にはこれ位が丁度良いだろうと出してきたので、その技にパックリ嵌ってポチッとしてしまいました。内容は単純で、諺のもじりというかパロディを並べ、そのパロディに説明とか小話とかが添えてある、只それだけ。

一冊目の「悪妻盆に帰らず」に「ことわざウラ世界『上』」と副題が付いているので、通常2冊目は 『中』又は 『下』になる筈ですが、実際には 「ことわざウラ世界『特上』」となっている。著者によれば『上』の次は『特上』が良さそうだろうという事でした。

各ことわざに付随する説明や小話が面白いんですが、全部紹介できませんので、直接的に意味が分かるものだけ選んで以下に羅列しました。

【上】
(1) 悪妻盆に帰らず
(覆水盆に返らず)
(2) 事実は小説よりいきなり
(事実は小説より奇なり)
(3) 先妻は忘れたころにやってくる
(天災は忘れた頃にやってくる)
(4) 金は万票の元
(風邪は万病の元)
(5) お家を建てれば暮らしが立たず
(あちらを立てれば、こちらが立たず)
(6) 方々に筆の誤り
(弘法も筆の誤り)
(7)「あの」で人を使う
(あごで人を使う)
(8) 身で身を洗う
(血で血を洗う)
(9) 二度足を踏む
(二の足を踏む)
(10) 万歳の陰に女あり
(犯罪の陰に女あり)
(11) 他人の親似
(他人の空似)
(12) 無くせ七癖
(無くて七癖)
(13) 待てば賄賂の日和あり
(待てば海路の日和あり)
(14) 嫁当面今の内
(夜目遠目傘の内)
(15) 人を見たら並ぼうと思え
(人を見たら泥棒と思え)
(16) あたしは明日の風邪をひく
(明日は明日の風が吹く)
(17) 恩を肌で返す
(恩を仇で返す)
(18) 鉄は熱いうちは持つな
(鉄は熱いうちに打て)
(19) 寄る年寄りには勝てぬ
(寄る年波には勝てぬ)
(20) 老婆は一日にして成らず
(ローマは一日にして成らず)
(21) 眠い奴ほど良く眠る
(悪い奴ほどよく眠る)
(22) 三人寄ればもんじゃ焼き
(三人寄れば文殊の知恵)

【特上】
(23) 人の家に戸はたてられぬ
(人の口に戸は立てられぬ)
(24) 墓は死ななきゃ入れない
(バカは死ななきゃ治らない)
(25) 正直者が中を見る
(正直者がバカを見る)
(26) 急がば渡れ
(急がば回れ)
(27) 触らずといえども遠からず
(当たらずと言えども遠からず)
(28) 渡る世間に銭はなし
(渡る世間に鬼はなし)
(29) 十を聞いて一を知る
(一を聞いて十を知る)

(1)は我が嫁そのもの。上手いと思うのは(2), (14), (15)。(8), (17), (27)のようなエロネタもあります。まあ、よくこんな本が出たもんだと思いますが、それを買う方もあんまり利巧とは言えないような気がしてきました。

今こそ韓国に謝ろう/百田尚樹著

昨今韓国の反日姿勢が勢いを増し、日本に対し数々の賠償や謝罪を要求しています。これに対し著者は韓国を怒らせたのは我々の責任であって、ここは素直に謝ろうと言っています。

では何を謝るのか。我々の祖父は韓国が日本に併合されていた35年間におびただしいお金と労力をつぎ込んで;
・学校を建てて子供たちを教育し
・工場やビルを建てて近代的産業を発達させ
・鉄道や電気を全国に張り巡らせ
・全国の禿山に植林し
・荒れ地を耕して耕地面積を倍にし
・朝鮮人の人口と平均寿命を二倍にした

「それは良い事をしたのでは…と思われるでしょうが、実はそれこそが問題だったのです。それらは私たちの父祖が、朝鮮人の意向も聞かずにやった事でした。私たちの父祖が良かれと思ってしたことは、彼らにとっては全て『余計なおせっかい』だったのです。」

ハード面だけでなく、ソフト面にも日本は余計なお節介をしています。「韓国は日本が朝鮮から『七つのものを奪った』と主張しています。俗に言われる『七奪』です。韓国の高校の指定教科書には次のように書かれています。『日本は韓国から大切な七つの物を奪った世界でも類を見ない悪辣な帝国主義者である』」。その七つとは「主権」「国王」「国語」「人名」「姓名」「土地」「資源」。しかし「七奪」は全て嘘です。例えば姓名。実際には日本人が戸籍を作り姓、すなわち名前を彼らに与えたのです。それまで名前の無かった女性にも名を与えました。また無理やり日本風の名前に変えさせたという誤解がありますが、当時の朝鮮総督府は日本風の名前を禁じています。しかし日本風の名前がカッコ良いと思って日本風にした人が沢山いたようです。本書は、その他も全てこの調子で韓国の嘘を論破しています。

このような日本人の「蛮行」により朝鮮はたった35年間で農業国から工業国へと転換し近代国家の仲間入りをしたといっても過言ではありません。もし日本が余計なお節介をしていなければ朝鮮半島は不潔で常に飢餓の恐怖に怯え、貨幣もない世界最貧国で、とても文明国とは言えない状況のままだったと思われます。

最近、本書がベストセラーになったことを聞きつけ、韓国の某出版社が韓国語訳出版を打診してきたそうです。中身を読みもせず書名を鵜呑みにして一儲けしようと思ったのでしょう。著者は韓国語訳を作り、ネットにアップして誰でも只で読めるようにしたいと言っています。日本人と韓国人にこの35年間に朝鮮半島で何があったのかを知ってもらうためです。

その他、最近厄介なのが「ウリジナル」です。朝鮮語で自分を表すウリとオリジナルを交ぜて「韓国発祥」という意味にしています。例えば「茶道は韓国が発祥」、「華道も歌舞伎も韓国が発祥」。花見のシーズンになると必ず「染井吉野の発祥は韓国」と言い出します。これら全て根も葉も無い嘘で、日本人はまともに取り合おうとしません。しかし、これが問題なのです。「空手のルーツは韓国のテコンドー」という嘘をIOCへのロビー活動(実弾攻撃有)で執拗に刷り込んだため、IOCは韓国の言い分を認めました。東京オリンピックでは空手もテコンドーも五輪競技に採用されていますが、今後、空手かテコンドーかという選択になればオリジナルであるとIOCが認めたテコンドーが採用され、徐々に「空手のルーツはテコンドー」という嘘が国際常識になってしまいます。こんな下らんと思う事でもいちいち反論していかなければなりません。

韓国とは、こんな厄介な国です。彼らの言うことは従軍慰安婦にしても徴用工にしても全部嘘です。著者の言うとおり「そしてさらば」と言いましょう。本書は文庫版で定価694円+税。お買い得です。


ラストダンスはヘイジュード/ザ・キングトーンズ

ザ・キングトーンズのリードボーカルだった内田正人さんが今年の2月にお亡くなりになりました。 いつも黒メガネで、高い声が響く歌手でした。ザ・キングトーンズには「グッド・ナイト・ベイビー」の大ヒットがあり、これだけの一発屋と思われていますが、日本初の本格的ドゥ・ワップ・グループとして活躍していました。(彼らのデビュー当時は ドゥ・ワップと言う用語はありませんでしたが) 特に、山下達郎や大瀧詠一等のミュージシャンは彼らを高く評価しています。内田正人が亡くなりなった時、山下達郎の「サンデー・ソングブック」は二週続けて追悼特集でした。番組で山下達郎は何度か「出てくるのが早すぎた」と語っています。確かにそうかもしれませんが、キングトーンズがあったから「シャネルズ」が生まれた訳で、後輩に多大なる影響を与えています。

この曲は大瀧詠一が「ラストダンスは私に」(Save the last dance for me)と「へイ・ジュード」のコード進行が似ているところに目を付け、二曲をくっつけるという洒落たアレンジを加え、これをキングトーンズが見事に歌っています。ヘッドフォンで聞くと左右に分かれて二曲が聞こえます。

最近はこういう楽しい遊びを真面目にやってくれる人がいなくなりました。前田憲男、服部克久、海外ではミシェル・ルグラン、クラウス・オガーマンらを始めとする遊び心のあるアレンジャー達が、聴いているとついニヤリとしてしまうような素敵な曲を聞かせてくれてました。シンガー・ソングライターのオリジナル曲も良いのですが、たまにはプロの技を堪能したいものです。

蛇足ですが「 ラストダンスは私に 」は越路吹雪の歌で有名ですが、原曲は米のドリフターズ (The Drifters)のヒット曲です。

 

トホホ度 ★★☆
お笑い度 ★★☆
意味不明度 ★★

いとしのレイラ/デレク&ザ・ドミノス

新潮社の中瀬ゆかり出版部長がTVで武道館でのエリック・クラプトン公演に行った時の話をしていた。満席の観客は大いに盛り上がっていたが、終了間際に「いとしのレイラ」が始まると館内総立ちで、クラプトンの「レイラァ~」に合わせて観客全員が「レイラァ~」と叫びはじめ、それがすぐに「レイワァ~」に変わって大合唱となった。また次の曲は「コケイン」(Cocaine)だったようで、中瀬部長は日本人のプロモーターが入れ知恵したんぢゃないか、と言って笑ってました。ただそれだけの事なんですが、何となく面白いので、記事にしてみました。

平成5・5音頭/村田英雄・坂本冬美

ここのところ何でも「平成最後の」を付けるので耳タコ状態ですが、いよいよ押し詰まってまいりました。そこで当方もその勢いにあやかって村田御大の音頭です。

歌詞から分かるように平成元年の録音です。当時は昭和天皇崩御のため、喪に服するという気分が横溢しており、題名に平成が付く歌は意外に少ないようです。しかし、この年が村田英雄芸能生活55周年なので”Go Go”にかけて敢えて音頭を作ったのでしょう。どういう経緯で坂本冬美との共演が始まったかは分かりませんが、この二人のデュエット色々あります。

石本美由紀作の歌詞を見ると演歌の王道、音頭の王道という感じで、ツッコミどころが無いわけではありませんが、ここで、ディするのは止めておきましょう。

トホホ度 ★★★
お笑い度 ★★☆
意味不明度 ★★

パスタぎらい/ヤマザキマリ著

洋食で何料理が好きですか?と訊かれたらイタリア料理と答える人が多いんぢゃないでしょうか。私もそうです。何故かと考えると昔喫茶店でシャカシャカとパルメザンチーズを掛けて飽きるほど食べたスパゲッティ(ナポリタンかミートソース)の記憶からでしょうか。余談ですが、イタリアにはあの丸い緑の筒に入ったパルメザンチーズというものは無く、著者は一時帰国からイタリアに戻る度に大量に買って帰るそうです。

ヤマザキマリ氏は17歳の時にフィレンツェに留学し、今年で通算35年になるそうです。その間、映画にもなった「テルマエ・ロマエ」が大ヒットし、一躍有名漫画作家になりました。彼女は貧乏画学生時代、ニンニク、塩胡椒、鷹の爪をオリーブオイルで和えただけの「アーリオ・オリエ・エ・ペペロンチーノ」というスパゲッティばかり食べていたそうです。材料費は20~30円。これに飽きた時は思い切って50円位出してトマトの水煮缶を買ってトマト仕立てにする。「フィレンツェに留学していた11年の間に、おそらくわたしは一生分のパスタを食べてしまったのかもしれない…」。パスタぎらいはこれが原因のようです。

イタリア料理と言えばオリーブ油。これを切らすと台所はパニック。慌てて近所のスーパーで買ってきても事件は解決しません。各家庭にはそれぞれ御用達のオリーブ油の味があり、違う種類では家族は満足できないようです。ちなみに小皿にオリーブオイルを入れ、パンに付けて食べているのを最近良く見かけますが、本来あれはオリーブ油のテイスティングなんだそうです。

ワインも当然地元産。「ポルトガルに暮らしていた時は、近所の酒屋やスーパーマーケットの売り場に置かれていた八割が、ポルトガル産のワインだった」。スペインのワインを飲んでみたくなり、それを買おうとしたら、ポルトガルに居るのにスペインのワインを飲むなと店のオヤジに叱られた。これはイタリアでも同じようです。

チーズもワイン同様その地域産のものしかなかなか手に入らない。子供の頃はチーズが嫌いだったが14歳で初めてフランスに行った時に臭いも味も強烈なチーズを食べさせられて卒倒しそうになった。あちこち訪れた所で地元のチーズを食べさせられ、今ではかなりきついチーズも平気で食べられるようになったそうです。「こうした経験を踏まえて考えてみると、美味しいと思えないものを無理やり食べるところから、『味覚の外交力』が始まり、寛容性が生まれるのかもしれない。」

イタリアのパンは美味しくないと言っています。一番おいしいのは日本のパン。イタリアには「フォッカチャ」というイースト菌で発酵させない薄く平たいパンがあり、これには塩気があり、表面にオリーブオイルが染み出したりして結構おいしいそうです。ピッツァはインドや中東で食べられている平たいパンやフォッカチャに具をのせて焼いたものです。私がイタリアに行った時にピザを注文したら、薄い生地で六等分に切れていません。周りの客を見るとナイフとフォークで器用に食べていました。彼らは具材の乗った中心だけを食べるので、縁はいらないんだそうです。尚、生地が厚いピッツァは貧しい地域で作られ、貧しいシチリア移民がアメリカに持ち込んだという説があります。

イタリア料理は日本人にとってはフランス程ではないにせよ、少々高級感がありますが、イタリアの食文化は非常に保守的です。日本でも地方によって独特の味噌醤油文化があり、地元の人がそれに固執しているのと同じ感覚なんでしょう。著者が一時帰国した時「貧乏パスタ」が千円以上で周りはワイングラスの足を持ってクルクル回しているのを見て、かなりの違和感を覚えたようです。それに比べ 何でも貪欲に食べる日本人はイタリア人に比べて「味覚の外交力」が強いといえそうです。これ以外に私が知りたかった欧米でのモツ料理についても面白い話がありました。

すごい言い訳!/中川越著

著者は文豪の手紙から言い訳を選び出し、そのいくつかを紹介しています。言い訳とは何かという事を著者は明確にしてはいませんが、この本から纏めると「有言不実行を詫びながら、原因を他に転嫁し、相手に自分は(あんまり)悪くないと思わせる。」というところでしょうか。

第一章の「男と女の恋の言い訳」では二股疑惑をごまかしたり、女と絶縁したり、と色々ありますが詳細な事情が分からないので、何とも言えません。第二章「お金にまつわる苦しい言い訳」では金を借りる、或いは借りているという立場が明確なので、言い訳の苦しさが際立ちます。しかしながら皆さん卑屈になっていないところが素晴らしい。例えば武者小路実篤の金を借りる手紙です。

用事だけ書く、実は相変らず貧乏神がとついているので僕が大事にしていたロダンのスフィンクスを手放そうと思うのだが 中々良い買い手が見つからないので、君には拝借した金があるのでたのみ憎いのだが 七、八百円に売りたいと思っているのだが君に前のは拝借したことにして 五百円で良かったら買ってもらいたいのだ 千円でも僕は売りたくなかったのだが今の場合そう云ってはいられないのだ。

これ意味分かりますか?「スフィンクス」はブロンズ像でこれを五百円で買ってくれと言っています。しかも、以前の借金は返す気はありません。さらに本来は千円以上の「スフィンクス」を特にあなたに五百円で譲りますのでお買い得ですよと恩を着せています。要するに 悪いのは貧乏神なんで、僕ぢゃないんですと。何でも人のせいにしなくてはいけません。

宮沢賢治は親に借金の手紙を書いています。長いので引用しませんが「中に泥が入ったので靴を買った、毛布をつい二枚買ってしまった、背中がほころびたので普段着を買った、芝居も見に行った、本も買った、音楽やタイプ教室へ通った、だから金が無い。」と訴えています。この時賢治三十歳。 いい加減自立する年です。賢治の場合は相手が親という事もあり、余計な言辞を弄することなく、金が無い理由を率直に羅列しています。しょうがない息子だなあと思わせるにはこの方が良いようです。その著作から清貧の塊のように思える賢治も実態はかなり違っていたようです。

第六章「『文豪あるある』の言い訳」にパクってみたくなる一文がありました。

小生が心中は狂乱せり筆頭は混雑せり貴兄は気を落ち着けて読んで呉れたまえ

正岡子規が病床から門下生に、自分の後継は河東碧梧桐でなく高浜虚子だと指名し本人にそう伝えたにも関わらず、進歩が無く失望した、という手紙の書きだしが上の引用文です。まず、こう書いてから続ければどんな酷いことも書けてしまうような気がします。自分が遺書を書くときはこれで始めましょう。

同じ章に志賀直哉の完璧な言い訳がありました。一度書くと約束した原稿の断り状です。

拝呈 岡倉天心さんの事何か書くよう朝日の斎藤君を通してお約束致しましたが精神的にも体力的にもどうしてもペンを握る気分にならず甚だ申訳なく思いますが違約お許し頂きたく思います。 敬具

この時志賀直哉81歳。著者によれば文中「どうしても」が決め手になって承諾されたようです。このように「どうしても」も言い訳に必要な強力な武器です。志賀直哉は31歳の時に当時47歳だった夏目漱石から朝日新聞への連載小説を依頼され、一度は引き受けながら断った事があったそうです。 その詫び状は長いので引用しませんが、 この時も「どうしても」が威力を発揮したようです。これについて後日漱石が同僚に送った手紙が残っています。

志賀の断り方は道徳上不都合で小生も全く面喰いましたが 芸術上の立場からいうと至極尤もです。今迄愛した女が急に厭になったのを強いて愛したふりで交際しろと傍からいうのは少々残酷にも思われます。

漱石が「 芸術上の立場からいうと至極尤もです。 」という意味不明の理屈で志賀直哉の言い訳を大目に見てやっています。しかし厭になった女を愛したふりで交際しろ云々というのは一体なんなんでしょうか?

第七章は「エクスキューズの達人・夏目漱石の言い訳」と題して漱石の色々な言い訳が陳列されています。この中でちょっと面白いと思ったのは漱石47歳の時の手紙です。ある婦人が漱石宅を訪問したが漱石不在のため住所を残していきました。この頃は漱石絶頂期で非常に忙しかった筈ですが、この未知の女性に手紙を書いています。ちょっと長いが引用します。

こないだは御出で下さった処留守で失礼いたしました あなたは私の書物を愛読してくださるそうですが、感謝いたします、しかし、人の作物はよんで面白くても会うと存外いやなものです だから古人の書物が好きになるのです 私は御目にかかるのは構いませんが 御目にかかる価値のない男ですから それほど御希望でないならおやめなさい、それから私に会ってどうなさる御つもりですか ただ会うのですか 私は物質的には無論精神的にもあなたに利益を与える事は到底出来まいと思います 失礼ですが、あなた大変綺麗で読み易い字をお書きになります 私は此の通り乱暴で御推読を願います

忙しくて、その婦人に会うつもりがないなら手紙を書く必要は無い筈。字が上手い、とさり気無く褒めながら、もし実際に会って相手がガッカリした時の保険として予め「御目にかかる価値の無い男」などと書いています。これを受け取った婦人は漱石からの面会快諾通知と感じたのではないでしょうか?

一口に言い訳と言っても文豪の文章ですから、美文調であったり、詩歌のようであったり、或いは支離滅裂であったり、ととても面白い読み物になっています。これらを読めば言い訳のコツのようなものが分かってきます。他のせいにするだけでなく、さり気無く後で困らないように保険をかけておくのも必要です。著者は言い訳のノウハウ本を作ろうとしたようですが、私のように言い訳をする必要のない者にとっても非常に勉強になります。

そりゃあないぜセニョリータ/ケーシー高峰

ケーシー高峰さんがお亡くなりになりました。山形県出身。享年85。芸名は昔々の医療ドラマ「ベン・ケーシー」からケーシー、高峰は一目ぼれした高峰秀子から採ったそうです。代々医者の家系で日大医学部に入学したものの、演芸に目覚めて同芸術学部へ転部しました。

半袖の白衣と黒板で下ネタ連発の芸風はどこでも大ウケ。昨日のサンケイスポーツに毒蝮三太夫が思い出を語っています。「約40年前に二人でNHKから”出禁”になったことも。理由?俺は名前がふざけている、ケーシーさんはエロ漫談だからって。2人で『出るもんか』ってさ。最近は『出てくれ』だろ、NHKも変わったよね。そうそう、立川談志もケーシーさんと仲がよかった、尊敬してたよ。『俺の前に(ケーシーさんを)出すな。俺がウケなくなるから』ってさ。」

BS朝日では4月18日(木)21時からケーシー高峰が出演する「お笑い演芸館+」を急遽再放送するそうです。浅草、東洋館の舞台で司会のナイツとのやりとりも楽しそうです。

この歌は斉木克己作詞、村井邦彦作曲で、昭和の懐かしい香りがしています。
〽夜のオアシス スナックで レイキなナオンがベシャッてる。
今時「レイキなナオン」などという人はさすがに居ないでしょうね。全体に自虐感溢れる歌詞で、2番が今市ですが、トホホ度は四つ星にしておきました。

トホホ度 ★★★★
お笑い度 ★★★
意味不明度 ★★★